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シベリア鉄道と森林破壊

シベリア鉄道の建設がはじまったのは、帝政ロシア時代の1891年。モスクワとヴラディヴォストクが完全に鉄道でつながったのは1917年。

まだシベリア鉄道が完成していなかった日露戦争当時(1904年)、その区間の弾薬や兵站の補給を、ロシア軍はソリや馬車でやってた!

シベリア鉄道

Photo courtesy of Михаил Крыжаев / Максим Пензин
http://angara.net/photo/

ウラジオに配属されたり、近親者を訪ねてウラジオまでシベリア鉄道で行くロシア人はやってらんないかもしれないけど、、外国人にとっては、いちどは経験してみたいロマンチックな旅!

えんえんとつづくシラカバの林、草原、たまにみえる湖と人家、、、雪、雪、雪のロシアを実感したいひとはベツだけど、おすすめの季節はな〜んといっても夏(6〜9月)。

シベリア鉄道の写真集(Транссибирская Магистраль)
http://www.transsib.ru/gallery.htm

コンパートメントは4人。停車時間の長い駅などがけっこうあって、そんなところで車両から降りてシャバの空気をおもいっきり吸う。土地のおばちゃんたちからなにか食べるものを買ったり・・・(シベリア鉄道にはもちろん食堂車アルよ。)

ハバロフスクからモスクワまで、直行でいったらどのくらい?たぶん3日とか4日とか?でも、イルクーツクとかウラン・ウデ(モンゴルとの国境の町)とか・・途中下車して(もちろん宿泊して)、ゆったり旅したほうがタノシイ。

ところで、そんなロマンチックな旅、現代社会の便利さは、いっぽうでシベリアの環境問題とも抱き合わせです。以下、「シベリア大自然(福田俊司/朝日新聞社/1995年)」から抜粋引用。

シベリア鉄道野生動物をとりまくシベリア(+極東)の自然環境は、残念ながら予想以上に荒廃していた。人間が汚していない原始そのままの大自然のなかで、野生動物を心ゆくまで撮る―そんな甘い期待は、たちまちに吹き飛ばされた。

通常の手段で行ける場所、つまり人々が住む近くには、ほとんど野生動物の気配が絶えていたのだ。とくに沿海地方はひどい。例えば、ウラジオストクからハバロフスクまで740キロを車で走破しても、森らしい森をほとんど見かけなかった。牧草地、畑、湿地、荒野、そして小さな村々が点在するだけだ。幹線道路から外れても、森林伐採の傷跡は痛々しく広がっている。シベリア(+極東)は起伏にとぼしい地帯だから、道あるところ、森林は余すところなく皆伐される。

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この大規模な森林伐採は、野生動物だけでなく、森に生きる少数民族にも影響を与えている。経済が極度に疲弊したこの国では、原木の輸出が外貨獲得の重要な役割を果たしているから、森林破壊はますます深刻な問題になるだろう。

沿海地方の森を歩いて、不思議に思ったことがある。日本の原生林で見かけるような樹齢数百年といった見事な巨木が、非常に少ないのだ。

飛行機から見下ろして感嘆した広大な樹海でさえ、じつは二次林、三次林である場合が多い。その主な原因は、山火事にあるようだ。

(引用おわり)

(2002.07.25.)(2004.05.08. 見回り)(2004.11.08. 見回り)

かんれんサイト

バイカル湖の宇宙写真(Байкальский РИКЦ)
http://www.geol.irk.ru/dzz/vid_cos/kosmo_baykal.htm

かんれんファイル

■ 沿海州のナナイ族について・・・
■ バイカル湖から沿海州にいたるマップ(ロスカルトグラフィア 1995年)

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