EKAKINOKI

スターリンの民族まるごと強制移住

民族まるごと強制移住というのは、旧約聖書にもでてくるし、人類史上けっこうあったはなしだとおもう。スターリンもまたそれをやった。

ソルジェニーツィン著『収容所群島(新潮社)」より・・・

(以下引用)

1937年以降,ソ連国家に反感を持ちそうな民族を丸ごと中央アジアのカザフスタンや極東シベリアの遠隔地に強制移住させるひどい政策がスターリンによって行われた.極東沿海州の朝鮮人やカスピ海北部のドイツ人などの移民がカザフスタンへ強制的に送られた.それこそ予告なしに寝込みを襲ってである。・・・・・

(引用おわり)

数十万人におよぶ朝鮮民族が中央アジアやカザフスタンに強制移住させられたのは1937年のことだった。1937年と言えば「盧溝橋事件」があった年で、日本が中国との全面戦争を開始した年・・・

なぜこのときスターリンは、ロシア極東に住む朝鮮人を強制移住させたのだろう、、?『ブナ林便りHP』の吉田悟郎さんはこのように書いている。

(以下引用)

ロシア極東の朝鮮人の場合は、明らかに対日戦勃発、日本軍のロシア極東への侵攻に備えて、その際の日本の朝鮮人利用と撹乱を恐れて、安全を図ろうとしたものと考えられる。

(引用おわり)

でもぎゃくに、強制移住させられた朝鮮民族は抗日運動の核でもあったから、スターリンはかれらを利用することだってできたはずだ。しかし朝鮮民族を強制移住させるとともに、朝鮮独立運動の芽を摘んでしまった。

強制移住の歴史は、そのときそのときの国際緊張関係を如実に反映している。たとえば・・・以下『中国朝鮮族の研究(鶴島雪嶺 関西大学出版部 1997年)』より・・・

(以下引用)

さらに、1941年4月、日ソ不可侵条約の締結によって、ソ連は、ロシア極東に招集していた東北抗日聯軍の指導者の帰満を許さなかった。満洲の抗日闘争は、このようにしてほぼ息を断たれた。

(引用おわり)

強制移住させられた朝鮮のひとたちがいかに朝鮮の近代史にかかわっていたか・・・ 『シルクロ―ドの朝鮮人/スタ―リンと日本による一九三七年秋の悲劇(金賛汀情報センタ―出版局)』より・・・

(以下引用)

中央アジアの朝鮮人社会を歩き回り、この日本から見れば世界の山奥のような辺境で、近代朝鮮をとりまく歴史的な大事件に関わった人々が実に多いのに、改めて驚かずにはいられなかった。

対日独立運動の志士たちの遺族。そして、シベリアの日本侵略軍とのパルチザン戦争の参加者たちとその遺族だという人々。さらに、ソ連の対日戦に従軍し朝鮮に入った人々や、八月一五日以降、朝鮮の社会主義建設の時代、ソ連政府の要請で朝鮮国内で要職に就き働いた人など、実に朝鮮近代史のドラマが凝縮して、ここに集まっているような気さえしたものである。

(引用おわり)

(2002.07.25.)

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