EKAKINOKI

バーブシュカのスターリン時代

Иосиф Виссарионович СТАЛИН (1879-1953)

スターリン粛清時代の日常生活をこどもの目で追った、そんなおもしろい短編がセミョーノフの『1937年の夏』。ユリアン・セミョーノヴィッチ・セミョーノフ(1931-)はミステリ作家で、邦訳作品に『ペトロフカ、38』、『春の17の瞬間(とき)』などがある。

1930年代のスターリン

Photo by Фонд РИА Новость(Е.Коваленко)

あの時代、インテリ層の多くが突然の訪問者(しょっぴかれる)におびえていた。たとえばジャーナリストや文筆にたずさわるひとたちは、そのひとたちだけでひとところにまとめられて住んでいたから、この短編にもあるように、「5階にはだれも住んでいない・・・4階も・・・」なんて状況はざらだったんだろう。

スターリン粛清は都市部だけではなく農村部でもあった。働き者だからこそほかのやつらより馬をたくさんもっているのに、そのためにシベリア送りにされる。けっきょくなにもしない”ろくでなし”ばかりが農村には残った、そんなふうに関係者が語ったりするのを耳にしたりもする。

ところで、外国では「スターリン=粛清=くら〜い時代」というイメージが定着しているけど、、そしてそれはたしかに歴史的事実にはちがいないのだけど、いっぽうで粛清という歴史的事実をまったく知らないひとたちもたくさんいた。いや、もしかするとそういうひとたちのほうが多かったのかもしれない。

そういうひとたちにとってスターリン時代は、ソ連という若い国がみずからの力をたくわえ、充実させた、たぶん希望がもてる時代だったのだろう。スターリン時代はよかったよかったというバーブシュカ(おばあちゃん)はいまもたくさんいる。

じっさい、民衆があれほどクレージーに葬送したソ連時代の指導者はスターリンをおいてほかにいないだろうし、2002年、ヤクーツクとクリミヤでは戦後60年を記念してあらたにスターリン像が建てられている。いまどき、かつての指導者の銅像なんて、倒されることはあってもあらたに造られるなんてめったにない。

もっとも、、スターリン時代はわるくなかったというひとたちでも、スターリンと最初の妻(結婚3年目に結核で他界)との息子ヤコフがドイツ軍の捕虜になったとき、なぜスターリンはドイツ軍元帥との交換に応じなかったのかと、首をかしげたりすることもある。(ヤコフは収容所にて死亡。)

スターリンの2番目の妻は自殺(1932)。その息子ワシーリーは軍人で、性格は良かったけどけっきょく最期は不遇。娘スヴェトラーナは1967年、アメリカに亡命した。

スターリンってのは一般的に偏執狂みたいにおもわれることが多いけれど、もしかするとかぎりなく「躁」だったりして、、、とかおもったりすることがある。

(2005.07.26.)

※ セミョーノフの『1937年の夏』は、『ニュー・ミステリ/ジャンルを越えた世界の作家42人(早川書房)』のなかにおさめられています。

スターリンかんれんファイル

■ 評価が高いスターリン時代
■ スターリン粛清の執行人ベリア
■ スターリンがゾルゲを抹殺したワケ
■ スターリン時代の民族まるごと強制移住

スターリンかんれんサイト

スターリンについて(ロシア語):リンクは写真集につけてある。
http://stalinism.newmail.ru/foto/foto_01/foto_01.htm

ヤコフ(1907-43)について(ロシア語)&顔写真
http://www.peoples.ru/family/children/yakov_djugashvili/

レーニン・スターリン霊廟(スターリンはいまここにいない)
http://www.aha.ru/~mausoleu/m-histor.htm

2番目の妻の息子ヴァシーリーと娘スヴェトラーナについて(ロシア語-Совершенно секретно)
http://sovsekretno.ru/1998/06

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