EKAKINOKI

さいごの皇帝ニコライ2世

1868-1918:在位1894-1917

帝政ロシアさいごの皇帝はだれ?・・・ソ連時代にはなかった美人コンテストがロシアで始まって、コンテスト参加者にこんな質問がなされた。

ロシア人にとって、「明治時代の前はナニ時代?」みたいな基本的な質問のはずだ。でも、この質問に答えられない女性もいた。

参加した女性の肩をもつならば、、ソ連時代にはあまりふれられなかった話題だからということもできるだろう。それに、ソ連崩壊後の渾沌とした現実に、そんなことはどうでもいいかもしれない。

若い世代にとって、あるいはこどもたちにとって、レーニン(ソ連建国の父 1870-1924)が日々遠い存在になっていくように、ロシア最期の皇帝も、またどこか遠い国の話だ。

だけど、そういう今と、帝政ロシア末期は似てるような気がする。だから、いままたドストエフスキーとかが読まれているんじゃないの、、?そこに、なんか生きるヒントがあるとおもえるんじゃないの、、?

映画『ニコライとアレクサンドラ(Nicholas and Alexandra)』 1971年/フランクリン・J・シャフナー監督・・・・・

ニコライは帝政ロシア最期の皇帝ニコライ2世(1868-1918)で、アレクサンドラはニコライの妻。アメリカ映画だから、背景もアメリカっぽいし、ストーリーも、時間的にかなり飛躍したり・・・しかし、帝政ロシアが崩壊していく過程はけっこうよくとらえられている。

レーニンもでてくる。レーニン廟(赤の広場)の特殊加工レーニンはフワフワした風船みたいなかんじであまり現実感がないし、「ソ連の象徴」みたいなイメージをぬぐいきれない。しかし映画のなかのレーニンは、まわりにいた人間とのナマナマしいコンタクトを通じて、イキイキと感じられる。

いっぽう、ロシア革命後(1917〜)の皇帝一家は、捕虜として、あっちこっち引きずり廻された。

皇帝をなぐる男、・・・「あんたがいまなぐったのは、皇帝だよ〜」・・・アワを吹く従僕、皇帝の息子から首飾りをもぎ取る監視役の男、皇帝の娘たちとただの兵隊たちのあいだにかわされる動物的な眼差し・・・シビアなぐらい庶民的な切り口だ。

革命後の混乱(白軍と赤軍の市民戦争)に乗じて皇帝を利用されることを恐れたレーニンは、皇帝一族の処刑を、ニコライ2世一家がさいごに幽閉されていたエカテリンブルグ(ウラル地方)の地方支部責任者に命じる。処刑・・?

ニコライ2世一家は、引越しをするといわれて夜中のとんでもない時間に起こされ、時計の音しか聞こえないガラーンとした一室に集まり、そこに、レーニンでもトロツキーでもないふたりの男が現れ、おもむろに銃口を向けられた。

十字を切る娘、こどもの顔をじぶんの胸に押しあてるニコライ2世の妻(ちなみにニコライ2世は子だくさん)・・・だれかが立ち会ったわけでもない。家畜のように、ただ、「かたずけられた」。

「たぶんそんなだったろう」とおもえるニコライ2世一家処刑の場面は、すごくナマナマしかった。映画のなかで、ニコライ2世がこんなことを言っている・・・「ロシア人同士のこうした憎しみ合いのもとを作ったのはわたしだ・・・」

しかし、「ロシア人同士が憎み合う」・・・「ロシア人がロシア人自身を嫌悪する」という現実は、いまもある。ロシア人自身が、「なぜかはわからない・・」と言う。すくなくとも、ニコライ2世、アンタが原因じゃないとおもうけど、、

(2002.05.12.)(2003.03.27. 見直し)(2004.11.27. 見回り)

かんれんリンク

1917年にいたるまでのペテルブルグ写真集
http://www.agentru.spb.ru/photogalery/up1917/index.shtml

ニコライ2世とその家族(1909-14)
http://kfinkelshteyn.narod.ru/Evpatoria/Tzar.htm

ニコライ2世とアレクサンドラの挙式風景
http://www.st-nikolas.orthodoxy.ru/biblio/tzar/peda..
これは当時の着色写真?

かんれんファイル

■ ロシアおさわがせ紳士録

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