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ロシアの学祖ロマノーソフ

Mikhail Vasilyevich Lomonosov, 1711-1765

ロシアでは、連続TVドラマを編集しないでそのままDVDとして売っている。日本の連続TVほどではないにしても、「ロマノーソフ」は648分、約11時間。「永遠に終わらない・・」ってうそぶきながらも、毎日すこしづつ見てた。

原題は「ミハイラ・ロマノーソフ」で、「ミハイラ」は「ミハイル、ミカエル」とおなじ。ロマノーソフの学友を若いミンシコフ(「シベリアの理髪師」主演)が演じている。

ロマノーソフ (1711-65) は、まだラテン語でしか研究がなされていなかったロシアに、自前の学問の基礎を築いたひと。文学、化学、物理、天文・・・オールラウンドというか、節操なくいろんな分野に手を出す学者で、ロシアにおける大学の創設者であり、ロマノーソフ作モザイク壁画なんてのも残っている。ピョートル大帝 (1672-1725) 没後のはなし。

ロシア人学者をテーマにした映画なんて地味そ〜だけど、ガリレオ・ガリレイにしたって、近代以前の学者は命懸けみたいなのがはっきり目に見えて、これだけ長くても見切れたのは、やはりロマノーソフという人間がおもしろかったからにほかならない。

ロマノーソフは、極北の地アルハンゲリスク州の半農半漁みたいな村に生まれた。白海、バレンツ海、北極海を目の前にした18世紀ロシアの「完璧なフォークロアの世界」でいったいなんで?ロマノーソフは学問に心をひかれる。独学。。ロマノーソフのまわりにそのきっかけになったような人物はみえない。

当時、アカデミーにつながるような学校は貴族の子弟にしか門戸が開かれておらず、ロマノーソフは知り合いにたのみこんで、身分を偽証、もうこどもとはいえない年齢(16歳?)になってはじめてモスクワでまともな教育を受けはじめる。一事が万事で、このひとは「やりたい」のひとおもいでななにからなにまで成し遂げていく。

あまりに学業が秀でていたために教師たちがロマノーソフに反感をおぼえたときも、身分偽証がばれそうになったときも、留学先のドイツで国からまともにお金が送られてこなかったときも、下宿屋の娘(のち妻)の前にたちはだかる金持ちの恋敵に対しても、ドイツから書き送った詩がロシアで成功をおさめアカデミーに呼び戻され万人に学問の道をひらこうと尽力したときも、、フシギと道が開けていく。

考え方が自由で鼻っ柱が強い。あれは、ロシアでは例外的に奴隷制がなかったアルハンゲリスクの土地柄のせいだ、というひとがいる。あるいは、漁師のせがれだったロマノーソフが、外国人の船乗りや商人と交流があり、より広い世界を見ていたからかもしれない。

映画の前半、ロマノーソフの若いころがすごくおもしろかったのにくらべて、後半は、ロマノーソフとアカデミー会員たちとの確執が連綿と続き、ちょっとめんどい。もう死んでおしまいだろ〜、、ところがなかなか死なないんだ、ロマノーソフ。

2007.03.31.

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