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アルメニア人はハイソ?

旧ソ連邦を構成していた南ロシア人のなかでも、アルメニア人はちょっとばかり毛色がチガウ。(髪の毛の色ではないよ。)まず宗教が、あそこらに支配的なイスラム教ではなくキリスト教・・・これは比較的よく知られています。

しかしソ連邦の時代がながかったせいか、 「自分たちの宗教はロシア正教だとおもっていた」というアルメニア人がたくさんいます。ところが、アルメニアは、世界ではじめてキリスト教を国教とした国なのです(西暦303年〜/ローマ帝国は313年)。

そういう話をアルメニア人にすると、「そう言えば、十字をきる方向がなぜ逆なのか、ずっと不思議におもっていた!」・・・とか。

アルメニアは古代からつづくひじょうに古い国で、どうも、、じぶんの国ばかりではなく周辺諸国家においても、支配者、僧侶、学者といった職業につき、一種のハイソを形成していたんじゃないか、そんなふうにおもえるふしがあるのです。(カンだよ〜)

この場合、、「ハイソ」は「支配階級」とはちがいます。あくまで「社会の役割分担」で、その役割がたまたまハイソと密接な関係をもっていたというにすぎません。たとえばこういう例があります・・・

アルメニア出身ロシア人画家アバネーソフ作「路地裏」

アフリカのある地域では、政治従事者と農業従事者がはっきりわかれていたりする。そこに欧米人が無邪気な平等主義を持ち込んだけっか、、、

何千年間農業のノウハウを蓄積してきたひとたちに突然政治をやらせ、政治のノウハウしか知らないひとたちに畑を耕させ、、ということになり、

部族間の生態バランスは崩壊し、社会は混乱し、あげくの果てに、ゲンジツに起きている果てしなき紛争と大量殺りく・・・

これなども、「支配階級と従属階級」という単純な論理では割り切れないものです。

もっと具体的なところでは・・・ソ連邦が崩壊し、アゼルバイジャンが自治を獲得して、外国人であるアルメニア人は追い出されました。モスクワなどにもそういうアルメニア人がけっこういて、はなしをきいたりすると、アルメニア人はアゼルバイジャンでもやはりハイソだったみたい。

ロシア社会でも、アルメニア人はけっこう高学歴で知られています。

帝政末期に活躍した怪僧ラスプーチン(1871ごろ〜1916年)がアルメニア人をひじょうに尊敬していました。アルメニア人将校に娘のマリーヤを嫁がせたがっていたぐらいです。

ところで、アルメニア人画家というのは・・なんとなくすぐに分かりますね。深みがある鮮やかな色彩。無重力状態の風景とか天使とかが描かれてたり・・・

そんなのがアルメニア人の心象風景なのかなぁ〜〜、、、アーシール・ゴーキー(1904-1948)なんかも、アメリカに移住したアルメニア人ですね。

(2003.05.23. 点検)(2005.01.19. 見回り)

アルメニアかんれんファイル

■ アルメニア・ホロコースト
■ 異境のアルメニア人(本)
■ アララトの聖母(映画)
■ アルメニア人はハイソだった、、?
■ アーシール・ゴーキー

かんれんファイル

■ ラスプーチン

かんれんサイト

Armenia, Yesterday and Today(写真)
http://richardsmith.net/armenia/people.html

アルメニアのキリスト教について(英語)
http://countrystudies.us/armenia/28.htm

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