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ロシアの歌姫 アッラ・プガチョワ

Алла Борисовна Пугачёва

Alla Pugacheva-1976 Мне Нравится

Alla Pugachovaプガチョワは、『アルリキン(道化師のこと−arlecchino)』を歌って1960年代のポーランド歌謡祭で優勝。1970年代には『歌をうたう女』というプガチョワ主演映画もヒットしました。

かつて、酒の席でオクジャワやヴィソツキーが歌われたように、プガチョワもソ連時代からの超有名な国民的歌手です。歌手であるだけでなく、プガチョワはまた「自立した女」のシンボルでもありました。ロシアのプリマドンナ!

『百万本のバラ』という曲があります。これをいちばん最初に歌ったのがプガチョワで、そのあとミーナかだれかがイタリア語で歌い、日本では加藤登紀子さんが、ステージで余興ていどに歌ったのがヒットしました。(* この曲に関してはいろいろな論争があるようですが、当サイトは無邪気に書きます。)

『百万本のバラ』は、貧しい画家がじぶんの絵をすべて売って、恋する女優にバラの花をごまんと送ったというはなしで、主人公はニコラ・ピラスマーニンというソ連時代のグルジア人画家とされています。(モスクワのトレチャコフ美術館などに彼の作品があります。)・・・と、おもっていました。

ところがプガチョワの作詞作曲をしていたラトヴィアのライモン・パーウルスによると・・

・・・・・ロシア人の詩人は原語のラトビア語の歌の意味が分からなくて、自由に翻訳していた。(「百万本のバラ」をロシア語へ翻訳したのはロシア人の詩人のアンドレイ・ヴォズネセンスキーである。)実は「百万本のバラ」は貧乏な絵描きのことについての歌ではなくて、子供の時にお母さんにある歌を教えてもらった女の子の運命についての歌です。・・・・・そして、その女の子はその歌を娘にも歌った。しかしとても有名な歌になりました。特に日本で。・・・・・(ロシアのニュースレター/秋田県学術国際政策課/2001.01.12. より引用)

Alla Pugachovaつくられたはなしだったのか〜。

加藤登紀子さんのHPにはこんなくだりがあります。「一九八九年ラトヴィアが独立を要求、ソ連の戦車が入った時、広場の群衆の先頭にいた人、それがライモンズ・パウルス。」すっごいひとですね!

直立不動の歌唱スタイルから一変して、ポップで躍動感みなぎるステージ。音楽界の因習なにするものぞと、後進の若手歌手をもどんどん抜擢。「自由」を歌うプガチョワ・・・ところが、その歌詞がモンダイで出国を許可されないという時期もありました。

最近、若手の人気歌手フィリップ・キルコーロフ(Filip Kirkorov)と結婚して話題をまきました。「そんなのビジネスだよ」という声もきこえますが、もしかするとキルコーロフに「ロシアの新しい音」をかんじたのかもしれません。

帝政ロシアが倒れ、ソヴィエト国家が誕生し、それがまた崩壊し・・・しかしロシアにはいつも「ロシア」が、「ロシア人」がいます。プガチョワはそういう「ロシアの心」を代表しているような気がします。Спасибо!アッラ・バリーソヴナ!

(2002.08.06.)(2004.11.18. 見回り)

「プガチョワ」の表記について

Google検索をすると・・・

『プガチョワ』→ 51件
『プガチョーワ』→ 37件
『プガチョヴァ』→ 5件
『プガチョーヴァ』→ 14件

「アッラ・プガチョワ」と「アッラ・プガチョーヴァ」はどっちでもいいとおもうけど、、「アッラ」の読み方まで入れるともっとヴァリエーションがある〜。

かんれんファイル

■ オクジャワ頌歌
■ ヴィソツキー

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