EKAKINOKI

のんべえにあまいロシアの神様

8月24日火曜日10時56分(現地時間)、モスクワの空港を飛び立った国内線2機がほとんど同時に空中爆発し、乗客乗員90名あまり(両機合わせて)全員が死亡した。一機はヴォルガ河畔の町ヴォルゴグラード行きで、飛び立ってまもなくモスクワ近郊で爆発。もう一機は黒海沿岸の保養地ソチ行きで、南ロシアの都市ロストフ・ナ・ダヌーあたりで爆発。

夏休みといってももう8月下旬。(ロシア人の夏休みはどちらかというと7月のほうに集中している。)しかも、目的地に深夜着くようなひじょうに遅い便。(出発時間が遅いというのは、もしかすると切符がそのぶん安いかもしれない。)モスクワからヴォルゴグラードが1時間ちょい、ソチまでは2時間半ぐらい。

ヴォルゴグラードぐらいは、ふつう汽車で行っちゃうから、しかもこんなに遅い時間の便にあえて乗るとなると、、夏休みをモスクワの家族のところで過ごした帰りとか、ビジネス帰りとか、あるいはたまさか国際線から乗り換えたとか、、あらかた家路に着くひとたちで、空港では家のだれかが車で来て待ってるはず。

ソチ行きのほうは、これはもうヴァカンスがらみが多いのだろう。そしてそのなかに6人の若いヤツラがいた。

たぶんごくふつうの、あるいはかろうじて生活ができているぐらいの(ときどき働いていなかったりとか・・)、たぶんヴァカンスとかとはほとんど縁がなくて、というかおもに仲間とつるんで町なかをごろごろしているタイプの、そんな若者たち・・・たまたまうまいぐあいにお金が工面できて、ソチに行くことになった。

出発当日、まあ開放感から、かなり早い時間からみんなで飲みはじめる。夜の出発だから時間にゆとりがありすぎて、空港には早目に来てしまうし、、それですることといえばただひとつ・・・「続き」。あるいはもしかすると、市内でぎりぎりまで飲んだくれてたのかもしれない。

それはどっちでもいい。6人の若い衆、チェックインはすませた。しかしいよいよ飛行機に乗るという段になって、搭乗を拒否された。なぜって、、すでにできあがっていた。ロシア人が搭乗を拒否したぐらいだから、まごうことなくベッロンベロンだった。

それから?仕方なく、またどっか仲間の家にでも行って「続き」をしたかもしれない。事故が起きたのも、それがじぶんたちが乗るはずの飛行機だったのも、おそらく知らなかったんじゃないか。

事故発生後、「チェックインはしたが搭乗しなかった」というきわめて奇怪な行動のために、この6人はすぐさま事件との関与を疑われた。じっさいは、チェチェン問題がらみのテロが、プラスチック爆弾(金属探知機にはかからない)を機内に持ち込んでトイレで爆発させたらしい。

ごめんなさい。若い衆がほんとはどんなひとたちか、なぜ搭乗を拒否されたのか(ベロンベロンぐらいで搭乗拒否するの?)、詳細はしりません。しかし・・・・・

ロシアには「ス・リョーフキム・パーラム!(※)」という有名な映画がある。その主人公は、どこだったか(地方?)、大学の同窓会でやはりベロンベロンになり、飛行機をまちがえてモスクワではなくサンクト・ペテルブルグに夜遅くたどり着く。それからタクシーに乗って自宅に戻り、無事ベッドにもぐりこんだ。

おなじ名称の通り、おなじ番地、おなじ造りの建物、鍵もおなじ、アパートの造りもおなじ。そういうことがあってもおかしくないのがソ連時代だった。でもそこは主人公のモスクワの自宅ではなく、サンクト・ペテルブルグのぜんぜん知らないひとの家。そこの女主人が帰ってきて、、、、、そして恋が芽生えるというハッピーストーリー。

どうもロシアの神様はのんべえにあまいようだ。6人の若い衆は、かりに飛行機に乗っていてもベロンベロンだったからなにが起こっても痛くも痒くもなかったろう。しかしベロンベロンだったために一命をとりとめたことをかれらが知ったとき、お酒に感謝の意を表して、、またまたカンパイカンパイなんだろうか、、、事故にあわれた方々のご冥福をお祈りいたします。

(2004.08.28.)

※ 風呂(蒸し風呂)あがりの掛けことばで「いいお風呂でしたか?」・・・・・日本で公開されたか、邦題、いずれもわかりません。

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