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ブルドーザー事件の真相

1974年、モスクワ市内南方ビリャエヴァで前衛芸術展がありました。反動的な運動とみなしてソ連政府は弾圧にのりだし、ブルドーザーで展示会はめちゃくちゃ。フルシチョフ時代のことです。それ以来西側では、「ブルドーザー事件」=「表現の自由剥奪」というイメージですが、「あれは笑い話だよ」と当事者たちは言います。笑い話?

事件のおかげで、社会主義国ソ連にも前衛アートが存在する!ことが欧米に知られ、かとおもえば、フランス政府に招待され一躍有名になったアーティストもいます。オスカー・ラビン(Oscar Rabin, 1928-)の名前はいまも欧米の美術マーケットではよく知られています。

事件の反響の大きさから、ソ連政府はイズマイラヴァ公園で類似の展示を許したり、もみつぶすよりは一ヶ所に集めて監視しちゃえと、前衛アート展示場をマールイ・グルジンスキー通りに設けました。しかしそこには、欧米から作品を買い付けに商売人が多数やってきました!

マールイ・グルジンスキーの展示会場につどったアーティストは、1990年代中ごろで200人はいたといいます。数年前、「ブルドーザー事件に捧げる展」が、事件にかかわったアーティストたちの手でに催されましたが、そのカタログをみて、あまりに過激でない表現にむしろ拍子抜けした記憶があります。

(2005.01.22. 見回り)

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■ どってことないよソ連時代の検閲
■ ソ連時代の前衛芸術

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