EKAKINOKI

ソ連時代はたのしかった?

ソ連で唯一の政党だったのが共産党。ソ連で一番偉かったのがこの共産党の書記長。だから、「ソ連時代の通称年号」みたいのがあるとすれば、やはりこれら書記長の名前をおいてはありえない。

レーニン時代(1917-24) ・・・ ロシア革命と、それに引き続く市民戦争があった。(レーニンは書記長ではなく人民委員会議長。いちばん偉かったことにはかわりない。)

スターリン時代(1922-53) ・・・ 第二次大戦(祖国大防衛戦)があり、「大粛清」をやって戦死した以上の人間を葬った。

フルショフ時代(1953-64) ・・・ 自由化路線をいった。

ブレジネフ時代(1964-82) ・・・ 前にも後ろにも進まずつつがなくやり過ごした。

キリレンコ、アンドロポフ ・・・ 省略。

ゴルバチョフ時代(1985-91) ・・・ ペレストロイカ。

エリツィン、プーチン、、 ・・・ ロシア共和国大統領

russia history

ソ連がロシアになって自由に海外旅行ができるようになった。なにを言っても一応いい、という社会にはなった。それで皆たのしそうな顔をしているかというと、どうもそうではない。社会が安定性を失って犯罪が蔓延し、また生活の保証さえなくなった。明日のことがわからない。この国にはいつも、きびしい生活状況と社会のさびしげな表情がついてまわる。

いったいソ連時代から今にいたるまで、「たのしいなルンルン!」という時代があったのだろうか?何人かのロシア人にきいてみた。

比較的評価が高いのが1930年代のスターリン時代と1960年代のブレジネフ時代。

スターリン時代の粛清はたしかにすさまじいものだった。インテリは夜ごとにこんどは自分の番かとおびえた。体制にこびようが批判的だろうが関係なかった。才能があると粛清された。農村ではいちばんのやり手が、ひとより多く馬を所有しているという理由でシベリアに送られた。

ところが、この悪名高い粛清がおこなわれたスターリン時代が、ロシアではいまもかなり評価されている。

インテリ以外の一般市民にとって粛清などあまりカンケイなかった?実際にそのことを知らなかったひとたちもいる。一方でスターリンは国力強化に猛進した。建築、近代化学工業。ロシア革命と、それにともなう市民戦争がおわり、あたらしい時代の到来と生活水準の向上に、ひとびとは夢をみた。

1960年代のブレジネフ時代・・・ブレジネフは、フルショフの自由化路線に「ここらでストップをかけなければ」という保守派に支持されて最高位についた。

とは言っても、、フルショフ以前には戻れないし、フルシチョフ以上のこともしたくない。前にもいかないし後ろにもいかない、、つまり、「なにもしない」というむずかしい課題がブレジネフにはあった。

そのぶん時代が安定していた。ひとびとは生活水準の向上を実感した。60年代、70年代は、歌手のオクジャーワ、ヴィソツキー、プガチョーヴァをはじめ、ソ連時代を象徴するようなアーティストもたくさん登場した。

10点法でロシア社会の陽気さに評価をつけてみると・・・

1930年代のスターリン時代が「6」。1960年代のブレジネフ時代が「7」。農民をふくむロシア人全員がやっとパスポート(身分証明書:移動の自由が保証された。)をもてるようになった1980年代が「5」。それで2000年代はというと・・・「2」!

(2001.06.12.)

かんれんファイル

■ 1992〜93年のロシア
■ 「シベリアン・ドリーム」という本の紹介:ペレストロイカ時代〜エリツィン時代にかけて、地方都市ウラン・ウデとモスクワを行き来していた著者(モデル)のヴィヴィッドな思い出。
■ 映画「灰色のオオカミ」・・・2年ぐらい前にでたロシア映画。1964年が舞台。どのようにしてフルショフがブレジネフ一派に政権から追いやられたか、やるのかやらないのか最後まではっきりしなかったブレジネフ、参考になります。

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