EKAKINOKI

たったひとりの墜落機生存者

ロシアのテレビで、ちょっとビックリするようなインタビュー番組を見ました・・・・・いまを遡ること20年前、ラリーサ20才のときのこと。

新婚旅行からの帰り、ラリーサが乗っていた飛行機は、中国との国境に近いタイガ地帯(針葉樹林の生い茂るとてもとても寒いところ)を飛んでいました。

ウトウトとしていたラリーサがふと目をあけると、隣にいたはずの夫の姿がありません!目の前に雲が広がってる!飛行機の天井がナイ!まだ機内に残っているひとたちの泣き叫ぶ声。

時間の問題で自分も死ぬのだと・・・ラリーサはおもいました。、、と、、そのとき、かつて映画で見たあるシーン・・・・・飛行機事故でヒロインの少女はシートごと空中にふっ飛ばされ、シートにすわったまま泣叫びながら落下していく・・・・・が、ラリーサの脳裏をよぎったのです。

ラリーサは無我夢中でシートにしがみつきました。ラリーサが乗った飛行機はタイガ地帯の針葉樹林に突っ込み、ラリーサをのぞく搭乗者300人あまりはすべて死亡。季節は8月下旬ですでにそのあたりは肌寒く、ラリーサはそれから4日間、森のなかで雨をしのぎながら救助を待ちます。

そのあいだじゅう、ラリーサはかなりフツウだったそうです。意識を取り戻すと、雨に濡れた残骸のなかからタバコを見付けだしてプカプカ。だれも助けに来てくれないのですから、弱音なんかでるはずないですよね。いろいろと考えはじめたら正気を逸していたかもしれない・・・たぶん自己防衛本能。

「ワッと怖くなったのは救助されてからだった。」とラリーサは言います。「娘さん、飲みな。」ウォッカを軍人が差し延べると、「私、お酒、飲みません。」「これ食いな。」「食べられないの。(事故で歯がやられていた。)」

まともに高いところを飛んでいる飛行機が墜落したのですからだれも助かるのぞみなんてなく、ソ連政府はラリーサの家族に、「自動車事故で娘さんは亡くなられました。」とだけ伝えました。自動車事故、なんで?!当時、輝かしい社会主義国家ソ連の飛行機は、ぜったいに落ちてはならなかったのです!!

「このひとじゃなくて、(助かるのは)ほかの人ではいけなかったの・・?」ほかの遺族からそんな心ない言葉がもれるのをのちにラリーサは聞き、さらにそれから一年後ラリーサはまた飛行機で旅をし、5年後には子供も生まれました。

スポーツ選手がよくやる『イメージ・トレーニング』というのがあります。頭の中にイメージができあがると、それが現実のものになる、ってやつ。たしかにじぶんでも信じられないことが実現するわけがありませんよね。ラリーサの場合・・・物理的にラッキーだっただけなのか、ラリーサが抱いたイメージが奇跡を生んだのか、、、

(2001.09.11.)(2002.08.26. 見直し)(2004.03.21. 見直し)

BOOK

メアリー・ローチ著「死体はみんな生きている("The curious lives of human cadavers" by Mary Roach / 日本放送出版協会」 ・・ 第五章「ブラックボックスを超えて」・・飛行機事故でニンゲンの身体はたいがい機外へほうり出され、水面に衝突する瞬間に決定的なダメージを受けるなど、、人体の損傷から事故原因を究明する。

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