EKAKINOKI

ワシリー・カンディンスキー

Wassily Kandinsky (1866-1944)

モスクワで生まれ、オデッサで幼年期を過ごしたカンディンスキーは、音楽をたしなむ両親のもとで、ピアノ、チェロなどをこなした。モスクワ大学では法律を専攻。1895年、印象派の展示会でモネの「干し草」に驚愕する。

30才のときミュンヘンに赴き美術を学び、フランツ・マルク(Franz Marc 1880-1916)とともに表現主義の「青騎士(デア・ブラウエ・ライター)」を創設。青騎士にはアウグスト・マッケ(August Macke 1887-1914)、パウル・クレー(Paul Klee 1879-1940)らも参加した。バウハウス(1919-33)でも教鞭をとる。1933年よりパリ。

Kandinsky

"Improvisation", 1911

「カンディンスキー」と「カンディーテルスキー(ロシア語で菓子屋さん)」は似てますね。ハハ

カンディンスキーはその色彩論「スピリチュアル・アート」(下)のなかで、「心が大切」と一生懸命に説明しています。それは、カンディンスキーの配色が「心の渦」そのものであり、必然性に支えられたものであることを意味していますが、「ほんとうに必然のもの=自然」なので、もしそうであれば、作品は赤子のようなくったくのなさとエネルギーに満ちているはずです。ところがカンディンスキーの作品はそういうものばかりではなく、けっこう緻密に計算されてるものが多いような気がします。

Kandinsky

「アートと心 (Lo Spirituale nell'Arte / SE SRL)」:表紙についかわれている作品はカンディンスキーの"ピンクのアクセント",1926

(2002.07.14.)(2002.10.05. 見直し)

カンディンスキーのファイル

■ カンディンスキーとシェーンベルク
■ カンディーテルスカヤ?
■ 聖ゲオルギウスのドラゴン退治
■ ミロから見た同時代の画家

かんれんファイル

■ ブラウエ・ライター(青騎士)
■ フランツ・マルク
■ ヤウレンスキー
■ ロスコ
■ クレー展示会(2000.10 Torino)評:バウハウスのことにもふれています。

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