EKAKINOKI

ソ連時代のイコンと多目的寺院

ソ連時代、すべての正教寺院が破壊されたわけでも、民間から宗教がまったく消えたわけでもありません。洗礼も身元が分からないようになされていたみたいですし・・教会をツーリストとして訪問することはあっても礼拝はしないとか・・親族に聖職者がいたことが今になって判明したとか、そんなことさえあります(秘密にしていた)。

宗教破壊の影響をもっとも深刻に受けたのは間違いなく首都モスクワです。かりに破壊はまぬがれても、本来の目的とはまったく違う用途に供されていた教会は少なくありません。

右上の美しい教会は、ソ連時代から今に至るまでスポーツ施設として使用されています。下の古い教会は、激しい振動を引き起こす工作機械が中で使われていたために、建物そのものがガタガタになっています(現在修復中ですが・・途方もないお金がかかるそうです)。

イコン・・・これもまた、「さもありなん・・」というむごい目にあっています。『帝国(リシャルド・カプシチンスキ/工藤幸雄訳/新潮社/1994年)』から・・・

(以下引用)

1917年10月から現在(1993年)までに、ロシアで、2千万〜3千万枚のイコンが失われた!この数字は、ロシアの美術史家であるA.クズネツォフが、月刊誌「モスクワ」(1990年1月号)で示したものである。

それらのイコンの用途についても、クズネツォフは書いている。

軍隊では − 射撃の標的
炭坑では − 水びたしの坑道に敷く板
商店では − ジャガイモ箱の材料
台所では − 肉や野菜を切る俎(まないた)
住宅では − ストーブやペチカにくべる薪

他にも大量のイコンが − とクズネツォフは付記する − 積みあげて燃やされ、あるいは村や町のごみ捨て場に投げ捨てられた。

(引用おわり)

ところで、ソ連政府が終始一貫して純粋に反宗教だったかと言うと、これはちょっと違います。ソ連時代を通して、たしかにロシア正教は『公認』はされていませんでした。ところが対独戦争(第二次世界大戦)のときなどは、教会は政府を支持して、非常に大きな役割を果たしているのです。そのために、その時期以降、教会の数が増えたぐらいです。

(2002.10.18.) (2002.11.27. 加筆 Moscow)

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