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イコンの顔はナゼくすんだ色?

イコンの顔はナゼくすんだ色?イコンの顔がナゼあんなにくすんだ色をしているのか、これ、ずう〜っとフシギだったんです。機会があるごとに いろいろな立場のひとに聞いたりはしていました。でも納得できるような答えには出会わなかった。

顔料の劣化、ろうそくなどによる表面の変色、イコンのカノン(伝統的描法)、バイブルに登場するのは南方の人たちだから、まあるくえがかれた後光とかとのコントラストをはっきりさせるため・・・

だいたいこんなとこかな、みんなが言うのは・・。どっちかというと、まっちろ顔をしたロシア人がそのことをフシギにおもわないことのほうがフシギでした。

ところがあるとき、ロストフ・ヴィリーキー(モスクワ近郊の古都のひとつ)のクレムリンでフレスコやイコンの修復にあたっているアナトーリー・カルミーロフ氏とはなしをしていたときに、彼がひとつおもしろいことを言いました・・・

「ロシアの聖堂内は一般的にとても暗い。そこにろうそくが無数にともっていて、基本的にそのあかりが聖堂内の照源だったはず。電気がなかったころはよけいにそうですね。それでなくとも日射量がすくない北国です。そのあかりの元でもっとも効果的に見えるように描かれた結果としてイコンの顔はくすんだ色になった・・・」

あっ、、、これABCじゃん!そもそも教会内で見るために描かれた宗教画などを見るときに、作品がどういう状況のもとで見られていたかを知るのは、その作品を理解するための手助けになることがすくなくありません。どういうことかというと・・・

本来はとんでもない高いところにかかげられていた作品を、美術館の壁などにベタンと貼っつけて目線の位置で平行に見てもヘンだったりする。絵は高いところにあるのだから下から仰ぎ見てよりよく見えるようにということを、画家はとうぜん計算にいれて制作していたはずです。そのためには、そばで見たらおかしいかもしれない『カタチの変形』だってします。

そういう意味で、イコンがどういう状況に置かれていたかというと、暗い聖堂内のろうそくのあかりの元なんですね。そういう条件では、『黒っぽい顔』のほうがよりはえたのかもしれない・・・

なにか目から鱗が落ちた気がしました。う〜んん、、、これって、説得力あるゾ。

とすると、こんなふうにもかんがえることもできるかもしれません・・・大昔はどこでもくすんだ色で顔はえがかれていて、それが明るい色で描かれるようになったのはまさにイタリア・ルネサンスによって・・・・・これは飛躍しすぎ?

(2003.12.20.)

※ ファイル中の画像はルブリョフ美術館の小冊から。

後日談・・

14世紀イタリアのイコンを見ていると、肌の色が黒っぽいのが多く・・ルネサンス以降のヨーロッパの勃興と、聖画における肌の色の変化とは関係があるんだな、、ってのはやはり感じます。たぶんカノン(描法)が厳格であればあるほど(たとえばロシアのように)、カノンに規定されている部分(この場合肌のくすんだ色)がよりいっそう強調されたりもするかもしれない。

でも・・・・・やっぱよくわかんないな、、ってのが率直な感想。あれやこれや考えないでフリーハンドで言うなら、、、「背景とのコントラスト」がいちばんおっきな原因かな、、って感じる。たぶん、当時イコンが置かれていた状況のなにかを見落としているからスンナリ理解できないんだとはおもうけど。

おどろいたのは、フィレンツェのオニサンティ教会でミサにおじゃましちゃったとき、正面の左と右にイコンがかかげてあったのですが、ミサのときは「あれっ、、ロシア・イコンじゃない、、、」っておもったのです。ところが、ミサが終わって照明が消えると、ナント、肌の色は白いんですね・・・おっどろいたぁ〜〜。。

(2004.03.22.)

後日談2・・

馬杉宗夫著『黒い聖母と悪魔の謎(講談社現代新書)/第四章 謎の黒い聖母像』では、フランスに多くある黒い聖母像をケルト信仰に結びつけて考えている。

黒をはぐとピンク色の肌がでてきたりすることもあるみたいだけど、、でもこういうのを見ていると、「どこかでなにかの理由で黒い聖母というのがあり得て、それがたまたまロシアに伝わって、ロシアでは伝統になったとか、、」

あまりかんがえすぎないほうがいいような、そんなテーマなのかもしれないって気もしてくる。

(2005.04.18.)

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