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シェルバコフと1800年代アメリカ絵画

Boris Sherbakov, 1916-1995

シェルバコフはたぶん、ロシアでいちばんその複製画が制作されているひとりだとおもう。複製画のなかには、作品そのものコピーもあれば、スタイルのコピーもある。

コピーというのはそもそも数売るのが目的だから、そんなに時間をかけるわけではない。たいがいが、表面的なところをさらっとまねてすませている。絵柄がなににも優先していて、作品がもっている気品とか作者の意気込みとかはほとんど伝わってこない。

ほんもののシェルバコフ作品はどうなのだろう?

シェルバコフは、ヘタをすると観光写真にでもなってしまいそうな、とびきりムズカシイ風景をわざとのようにえらんでいる。日光の華厳の滝を秋の紅葉の真っ盛りに描け、みたいな。「オレが描ききるか、それとも自然に押し切られるか・・」シェルバコフ作品をみていると、そんなふうに感じることがある。そしてその挑戦の度合いが高ければ高いほど、作品は魅力的に仕上がっている。

それは1800年代アメリカ風景画とちょっと似ているところがある。ナイアガラの滝、しびれるように美しい日没・・・ヨーロッパにはない、じっさいに見たひとにしか理解できないような驚愕すべき自然、そしてそこに横たわる人間と自然との距離・・・当時のアメリカの画家たちは頻繁にそんな風景に挑戦している。

シェルバコフ作品はもちろんロシア風景画の伝統から生まれてきた。しかしもしかすると、シェルバコフの自然にたいする姿勢と、フロンティア精神に溢れた1800年代のアメリカ人画家とのあいだに、なにか共通項があるのかもしれない。

シェルバコフはキプリンスキー(1782-1836)というロマンチズムの画家に一時期傾倒していた。ちょうど第二次大戦がはじまり、従軍画家をつとめていたころだ。シェルバコフ作品にロマンチズムのおもかげがないとは言えない。しかし、シェルバコフの目はもっと冷めているようにおもわれる。もしロマンチズムがシェルバコフ作品にあうとすれば、それはむしろシェルバコフ本人の性格によるものではないだろうか・・・

シェルバコフ作品は、世界じゅうにあると言われている。夫人を伴って4回日本にも来ている。しかしシェルバコフ作品の評価は、アメリカでことさら高いような気がする。ニクソンはじめ、歴代のアメリカ人政治家がシェルバコフに礼状を書いている。1996年には、ニューヨーク・メトロポリタン美術館での展示が予定されていた。その準備のために制作に励むなか、1995年、シェルバコフは心臓発作で亡くなった。

最晩年のいくつかの作品がいまもシェルバコフのアトリエに残されているが、それはちょっと、それまでのシェルバコフ作品とは違った趣をたたえている。

とてもあざやかな色彩で、サラッサラッとかる〜く絵の具がのっている。緻密な構成は姿を消して、まるで心が踊っているかのよう。「これがシェルバコフ作品?」とおもえるほど印象的だった。

(2004.05.22. 見回り)

シェルバコフ・ファイル

□ 1800年代のアメリカ絵画との類似
■ シェルバコフ略歴

かんれんサイト

Hudson River School(英語)
http://artchive.com/artchive/hudsonriver.html

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