EKAKINOKI

ルスランとリゥドミーラ

ルスラン・ラヴリネンコ

ラブリネンコは、1935年中国東北地方のハルビンで生まれた。ラヴリネンコの父親が鉄道建設のエンジニアとして中国で働いていたためだ。ラブリネンコが7才のとき、一家はロシアに戻る。

折り悪しくもスターリン独裁のもとで、外国帰りのロシア人たちは、政治にはトンと関心がないエンジニアだろうがなんだろうが、『スパイ容疑』をかけられて粛清されたりした。ラヴリネンコも、そうして父親と叔父を失った。

その父親は、エンジニアとして働くかたわら絵筆をとることを愉しみにしていた。ラブリネンコはそういう父親を見ながら、ごくしぜんに美術の道をえらんだのだろう。

あるときラブリネンコといっしょに歩いていると、めずらしくラヴリネンコが饒舌になってこんなことを話してくれた。ラブリネンコの名前はルスラン。これは、父親がプーシキン(ロシアの国民的詩人)の詩『ルスランとリゥドミーラ』からとったのだそうだ。ちなみに、娘(=ラブリネンコの姉妹)にはリュドミーラと名ずけたという。(そう言えば・・ラヴリネンコのアトリエがある一角にもまた『ルスランとリゥードミーラ』というお店がある!)

「でもルスランというのはね、おやじの大勘違いなんだ。ルスランは、ほんとはタタールの名前なんだよ。だからワタシにはロシア語の名前もちゃんと別にあるのです。」(ロシアは200年以上タタールに支配された。)

(2003.05.14. 点検)

ブダペスト・フィルハーモニック・オーケストラ(Budapest Philharmonic Orchestra)の『ルスランとリゥドミーラ(Ruslan & Ludmilla /5:50)』・・・もちフリー/ 8.2MB
http://music.download.com/bpolive/36..

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