EKAKINOKI

この世のふしぎな力を絵にとり込む

ヴィクトル・シトニコフ

アントン・スカラホドフのインタビュー訳 (1998.07.10.)

ヴィクトル、あなたの作品はじつにメロディーにあふれています。「音楽の神が奏でる春の響き」「過ぎ去った日のモチーフ、あるいは秋の情景」タイトルもしばしば音楽と関係があって、目をひかれるのですが、もしかすると音楽の趣味かなにかと関係があるのでしょうか?

じつは、若いころ、トランペットを習得しようとおもったことがありました。なによりもトランペットという楽器の、美しくすきとおった音を自分で吹いてみたかったのです。美しいメロディーは、ジャンルを問わずいいものです。音楽も美術も、そういう意味ではかわるところがありません。絵の具か音色かによって幻影をひきおこすわけですから。

「幻影」というと魔術師の世界ですね。あなたは運命というものを信じていますか?あるいは神、芸術の神秘、物語りといったほうがいいのかもしれない。

わたしは信じています。「神秘」というのは、この世界に存在しているばかりではなく、わたしたち自身のなかにあると思うのです。「神秘」というのはこの世界そのもので、この世界の存在理由なのです。神を信じているかということですが、わたしの母は十字架の御加護、お守りを堅く信じていました。父親が前線に赴いたときには、シャツの襟にソロモンの呪文を縫い込みました。わたしの父親は、クルスカヤ(ウクライナに隣接する県。6、7年前のモスクワでの軍事クーデターの首謀者ルツコイが現知事。)、スターリングラード(現ヴォルゴグラート。第二次大戦時、独ソ決戦の場となる。ヒットラーは撤退を拒み、9万の将兵を残してドイツ軍が降伏。)の攻防戦に従軍し、想像に難くないとおもいますが、あの地獄のなかで戦いぬき、生き残ったのです。

ヴィクトル、いろいろな展示会で、あなたがよく描く「町の情景」に注目していました。それでおもうのですが、あなたの嗜好はどちらかというと、いなかの生活や習慣のほうを向いているのではないでしょうか...。

ちょっとちがいます。いなかに行けばこういう情景があるということではないのです。「表現すること」も一筋縄ではありませんが、それ以前に「表現したいものを感じ取ること」もたいへんなことなのです。いつだったか、より新鮮な感覚と作品をもとめてスーズダリの町(「黄金の環」といわれる、モスクワをとりまく風光明媚ないくつかの古い町のひとつ。)に行ったことがあります。ふぅ..。なんという古色ゆたかさ。教会。マルハナバチが優雅で軽快に飛び回っている。かぐわしい香りがあたりをただよっていました。言葉を失ってしまわんばかりの美しさです。町というよりも、神様がほほえんでいる情景といいたいくらい。ほんとに。建物が自然にとけこんでいて、なんでこんな町がもっとないのだろうと思いました。

「人生は過去と未来のはざまにあるほんの一瞬」という歌がありますが、どう思われますか?

そのとおりだとおもいます。実際そのことを頻繁に実感します。昔のことほど、強烈なインパクトをもっておそいかかります。最近モンテーニュ(1533-92「随想録」)の著作を読み返しています。そこにはたしかに哲学的思索、怒りもあれば知のあそびもあります。でもなによりもこのフランスの偉大な哲学者はわたしたちに幸福のありかたをおしえてくれる。自分をこの世界の一部分だと感じさせてくれる。個人的にも、わたしは運がよくて、なにかしらの力を与えられている。こころのなかに軸になるものがあって、生き抜いていくことができる。そう信じています。いままでに苦いおもいも甘いことも、いいことも悪いこともいろいろありましたけれどもこうして生きています。

人生で、なにが一番大切だとおもいますか?

大切なのは、明るい方に向かって行くか、暗い方に向かって行くか。なにかうまくいかないときは、馬鹿なことをするもんです。間違いもするし。ただわたしの場合は、たぶんいろいろなことにたすけられて、いつも健康的な方向にいった。一度として「逃げ道」を見つけようとしたことがないんです。いつも「一条の光り」を求めていられた。

ヴィクトル、とても興味深いお話を伺っているわけですが、感動やら苦しみがまざり合い織りなして、その結果として作品がうまれてくるのですね..

いや、それを明確にわかりやすく説明することはわたしにはできません。この絵を見てください。「ストルイピン邸の上を舞うカラス」(ストルイピンはロシア帝政末期の改革派政治家。1862-1911)どっからこのカラスはあらわれたんでしょうね?冬でした。雪がなんとも不思議なかんじで舞いはじめました。カラスが舞っているのを見て、これは降るな、とおもったんです。それとともにその瞬間なにかなぞめいた、ひとの存在をその光景のなかに感じました。その邸がストルイピンのものだったとわたしが知ったのはそのあとのことです。とつぜん雪が舞いはじめ、大きなカラスです。雪の降り方をみて、そこになにか「謎」を感じたのです。「謎」は理解するものではない。たとえば海。果てしなくつづく怒濤と深淵。海でなくても、看板とネオンの林立する町。町だって謎だらけです。注意深く観察すれば、ごくふつうの日常をいろんなふうに物語ったアンデルセンがもっとよく理解できるでしょう。平凡さのなかには、いろいろな「謎」が隠されているのです。よく見る必要があるのです。

いずれにしても芸術と人生は類似していませんか?

芸術は芸術です。それ以上でもそれ以下でもない。絵のなかのくだものをついばもうとしたスズメの話を覚えているでしょう。それはまったく素晴しくえがかれていたばかりかほんもののようにみずみずしかったのです。それでもスズメが空腹を満たすことはできませんでした。「芸術」は「すべて」であり、何者でもないのです。だから、すばらしくもあれば、発散でもあり、矛盾でもあるのです。だって人生そのものがそうでしょう。矛盾のかたまりです。だからちょうどいいのかもしれません。すくなくとも人間が生まれて来た理由にはなっているでしょう。芸術が人生以上の意味をもつことはありません。人生をときには物悲しく、ときにはすばらしくえがくのが芸術です。それはこころのなかから、まるで木がはえるようにつぎからつぎへとうまれてきます。

あなたの作品は非常に明るい色づかいがなされているのと同時に、ほんのすこしですが物悲しくもみえます。「不安と希望の夕べ」「心配な冬」オプティミスティックな画家、というよりも物悲しいほうでしょうか?

もしかすると。あなたにそうみえるのだとしたら。鑑賞者のほうがよく見ていますから。

芸術的にはどういう方向にいこうとしているのでしょう。だれにでも、すこしでもちかづこうとした大芸術家がいて、模倣をした時期というのを通り抜けているわけですが、あなたの場合はいったい誰だったんでしょう?

随分と狡猾な質問ですね。ではより狡猾にお答えしましょう。アフマートヴァ(ロシアの女流詩人  1889-1966)に「創作」についてのこんな一節があるのを御記憶でしょうか。「こっちからちょっと、あっちからも。もうわるいなんて考えもせずにもってくる。この世なんてみんなこんなもの。すべては闇のなか。」どうでしょう。模倣について的を得ているとおもいませんか?印象主義派、ヴァン・ゴッホ、抽象画、ラファエロ、プレ・ラファエリストのあとに、いったい画家たちはどうやって生きていくことができるのだろう。あなたもそんなことを考えたことがありませんか?アメリカではなにもかもがすでにこころみられてしまっていて、いまさらもうあたらしいこと、新鮮なことなどなにもない。そんなおもいはふつうのひとたちにだけではなく、アーティストにもしばしばおとずれます。それでも芸術はつぎつぎと生まれてくる。ひとつにはひとそれぞれ感じるものが違うということ。もう一方でアーティストがお互いに模倣し合っている。誰だったか忘れましたが、ある著明な哲学者が言っていました。「模倣を通してのみ真理に、ひいては独自性に到達できる。天才も、また模倣から生まれる。」

「芸術の偉大な遺産」ですね。それを利用しなければ憔悴死するしかないでしょう。

おおせの通り!

シトニコフ・ファイル

□ この世のふしぎな力を絵にとり込む
■ これでヨシとする瞬間
■ 夕涼みどきのレガッタ(作品紹介)

(2003.01.25. 点検)

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