EKAKINOKI

寒さによる災害

零下15度ぐらいになると、ひとびとは「マロース(厳寒)」とささやきはじめる。でも、冬は零下が当たり前の北国で、そのぐらいはどってことはない。ただ、そういう日が何日か続くとたいていそのうち零下20度以下の日がやってくる。零下25度ちかくになると、「マロース」と言ってはずかしくないだろう。鉄などがなにかのはずみで唇に触れるとそのままくっついて離れない漫画みたいなことが起こる。それ以上気温が下がると、学校も休校になる。

だけど、だからといって、なにか不都合なことが起こるわけではない。生活も普段と変わらない。せいぜい口と鼻をマフラーで厳重に覆うとか、指先は敏感なので手袋の種類に気をつかうとか、せいぜいそんなもん。そしてそういう寒さが、年に1,2回かならずあり、都市機能もそれぐらいは想定の上で成り立っている。

たぶん、零下40度とかにでもならないかぎり、モスクワのような都市はなんの問題もなく機能し続けるだろう。だけど、そんな厳寒ってかつてモスクワにあったのだろうか?調べてみると、1940年1月零下42.2度!とある。でも、それでも、都市機能がかなり緩慢になるぐらいで、都市機能麻痺とか騒ぐようなことはなにも起こらないんじゃないか。東京で零下20度なんてなったら目もあてられないだろうから、ふだんは目につかないところで都市の造られ方が大きく異なっていることに思い至る。

つまるところ、北国の都市は「冬を旨」としてできているのでマイナス方向の気温にたいしては抵抗力が非常に大きく、寒さによる災害はあまりかんがえられないとおもう。ぎゃくに、ちょっと零下ぐらいのときに、一晩にして木の幹という幹、枝という枝がすべて氷で覆われるという驚くべき光景に出食わしたしたことがある。

氷に覆われた枝に触れると、楽器のように軽やかな音をたてる。雨と気温の微妙なバランスが創り出したおとぎ話のような世界だ。しかし、枝の先端まで氷に覆われた木は、その重さでしなる、道路をふさぐ、しなり具合が限界値を超えると、バリ、バリバリッと音をたてて裂け、建物にガシャ、車へボコン。電線をも覆い尽くした氷は、モスクワの国際空港を3日間ぐらい機能不全に陥れた。

Dec/2010, Moscow

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