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ジュセッペ・ヴェルディ没後100年祭展

Giuseppe Verdi, 1813-1901

展評訳: Exibart / Micol Fontana 2000.12.22.

Giuseppe Verdiジュセッペ・ヴェルディ没後100年。偉大な作曲家の姿をつたえる魅力的な大展示会が、ミラノ『パラッツォ・レアーレ(王宮)』で催されている。(スカラ劇場、リコルディ出版社、ミラノ市、ヴェルディ国家委員会による。)

『パラッツォ・レアーレ』は最近修復されたばかりで、石膏装飾、フレスコ画はそのすばらしさをいちだんと取り戻し、ピエール・ルイジ・ピッツィ(舞台演出家)の演出とあいまって、展示会は劇的な効果をかもし出している。ヴェルディの『人間 オペラ 神話』というみっつのテーマから展示会は構成されている。

階段を昇って展示会場にはいると、ミラノでの大作曲家葬儀の巨大な写真がまず目にはいってくる。1901年2月27日、ヴェルディの亡きがらは妻ジュセッピーナにともなわれて、想像を絶するような群集に取り囲まれながらミラノの中心街をねり歩いた。実際の葬儀はそれより一ヶ月はやく、亡きヴェルディがのぞんだ通りに身内だけでごくおごそかにとりおこなわれていた。

おなじホールの中央に、大きなテラコッタでできたヴェルディの彫像(ヴィンチェンツォ・ジェーミト作)が据え置かれている。そして展示は逝去の場面から一転して、ヴェルディの『誕生・幼少期』へと。

こどもの頃からヴェルディが馴染んでいたハープシコード、誕生記録、ヴェルディのピアノの最初の生徒でもあり、一番目の妻となったマルゲリータ・バレッツィの肖像など、若いころのヴェルディに関するさまざまな備品とともに、ブッセート(生誕地)の貧しい生家もそこに再現されている。

次の展示室はヴェルディのミラノ時代。ミラノで、ヴェルディは最初から『ついていた』というわけではなかった。音楽学校の入学試験に失敗。その試験結果の通知が展示されている。雪におおわれた通りに面したスカラ劇場、ナヴィリオ運河、マジョーレ病院・・アンジェロ・インガンニはじめ、当時の画家たちが描いた1800年代のミラノ市街風景は、田舎からでてきたヴェルディを迎えたミラノの様子をつたえている。このほかにも、ベッリーニ、ドニゼッティの歌劇にでてくるヒロインたちや、パスタ、マリブランらの、美しく魅力的な歌手たちの肖像画も展示されている。Giuseppe Verdi

ヴェルディは、足しげく展覧会に通った。なかでもフランチェスコ・ハイエは大のお気に入りだった。スカラ劇場の舞台演出責任者でもあったハイエの作品もまた、今回は数多く展示されていている。それらを見ていると、ロマンチズムの時代に活躍したハイエの絵画とヴェルディの歌劇が、いかに共鳴し合っていたかが分かる。

ヴェルディ歌劇の中にでてくる第一次十字軍のヴェネツィア人やロンゴバルド人、また『シチリアの晩祷事件(フランス支配に対する1282年のパレルモ市民蜂起)』などは、それより数年前にハイエが描いたのとまったくおなじ主題で、暗示的な一致をみせている。ハイエとヴェルディは、聖書のテーマにいたるまで、詩想を同一にしているものが少なくない。ハイエ作品の東洋的な雰囲気、主人公たちの張り裂けんばかりの熱情は、ヴェルディの『ナブッコ』『アイーダ』のメロディーと情景と重なっている。

ヴェルディはドメニコ・モレッリとも大親友で、長いあいだ文通をしている。しかしヴェルディの作品にモレッリの影響がみられるのは、モレッリが1859年に描いた『シチリアの夕べ』ぐらいだろうか。

ヴェルディはミラノでいちばん進歩的なサロンにも出入りして、文学、芸術、政治にわたる議論をさかんに重ねていた。クラーラ・マッフェイ伯爵夫人、クリスティーナ・ベルギオイオーゾ・トリヴルツィオ、アレッサンドロ・マンツォーニらの肖像画は、ヴェルディの世俗的な付き合いをうかがわせる。またヴェルディは『イタリア国家統一運動』の強力な支持者だったと考えられているが、実際は、政治のうごきからはかけ離れたところにいたようだ。

Giuseppe Verdiさて、展示はヴェルディの公生活から一転して私生活へとうつる。

1853年、2番目の妻となった歌手ジュセッピーナ・ストレッポニと、ヴェルディは生地近辺のサンタガータの人里離れた田舎屋に居をさだめた。そこの寝室が、展示会で再現されている。薄暗い部屋だ。光がかすかに射し込んで床板を照らしている。気持ち良さそうなベッド、小机、エジプト調のひじかけ椅子、エラールのグランド・ピアノ。前面に張り出したスペースにはヨーロピアンスタイルの書架がふたつあって、蔵書が埋まっている。

リコルディ出版社に関する展示もヴェルディの生涯を語るうえでかかせない。展示品のほとんどがミラノのリコルディ社所蔵庫からのもの。ショーケースには、著明歌劇の初版本などがある。

ヴェルディが最後の数時間を過ごしたホテル(Grand Hotel et de Milan)の部屋と、そこでヴェルディが書き残したものも、そのままに再現されている。

展示会の2番目のテーマは『オペラ』だ。舞台装置、衣装、楽譜、その他未公開の資料など、ヴェルディのすべての歌劇に関しての具体的な資料が展示されている。しかしここまでの展示とくらべると、いささか見劣りすると言うか、単調すぎるようにおもわれる。

展示会場『パラッツォ・レアーレ』」の中でも大きい部屋の『カリアーティディ』−訪問者にとって最後の驚きがここで待っている。1872年2月8日、『アイーダの凱旋』がミラノのスカラ座でデヴューした時とまったく同じ舞台の再現だ。人形、馬、ゾウが、エジプトで、列柱のあいだを凱旋行進する。

これで『ヴェルディ展』はおわりではない。最後のテーマが『神話になったヴェルディ』だ。かつて、建築家ロンベルト・クザーニ作ヴェルディのモニュメントがパルマにあった。これは戦争中に崩壊してしまったのだが、何人もの『女神像』に支えられた柱廊があって、それぞれの女神像がヴェルディのひとつひとつの歌劇を象徴していた。それがここでは再現されている。これはこれで印象的なのだが、1900年代初頭の肖像画、ポスター、絵葉書、衣装を盛り沢山見せられたあとに、この再現はあまりに小振りに映った。

(訳 2000.12.24)(2003.01.31. 点検)

※ 展示会は、ミラノのパラッツォ・レアーレ(Palazzo Reale)〜2001年2月25日

かんれんファイル

■ フランチェスコ・ハイエ

かんれんサイト

Societa di Cultura Giuseppe Verdi(英語・イタ語)
http://www.giuseppeverdi.it/

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