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現代コレクショニズムと美術館の関係

この記事は3っつの部分からなっています。現代コレクショニズムを象徴するコレクター、ジュセッペ・パンツァ(ミラノ:1923〜)がまずおもだったテーマです。それと、彼のコレクションのおもな対象だった『ミニマリズム』について、さらにこういう現代アートを積極的に購入するようになった美術館の変貌について。

評訳: ExibArt / Alfredo Sigolo 09.07.2001.

Giuseppe Panza過去50年間にわたるコレクションを通して、パンツァは2500にのぼる作品をあつめている。無名アーティストやまったくの若い世代からも、パンツァは積極的に才能を見い出してきた。海外およびイタリアにおけるパンツァの精力的なコレクター活動は、批評家たちに現代アートについての再考をうながしてきた。

50年代にはクラインとタピーズ、50年代後半から60年代前半にかけてはポップ・アートをコレクションしたパンツァは、1966年以降、『ミニマリズム』作品に全力を注ぐ。パンツァは、だれもまだ見向きもしなかった『ミニマリズム』作品を蒐集しはじめたひとりだ。

『ミニマリズム』はその名の示すとおり、必要最低限の要素でメッセージを伝えようというもの。鋼管や板金などの産業素材を積極的に用い、アーティストの顔をあえてみせようとしない、幾何学的で、冷たい表情をそなえている。色彩感に溢れた抽象画、表現主義、コンセプチュアルなアートに慣れ親しんだ鑑賞者にとって、それは当時、まったくなじみがないものだった。しかも『ミニマリズム』は古代世界かナポレオン時代さながらの巨大な作品を指向していたから、美術館にとってもあまりに『かさばりすぎる』ようにおもわれた。

Giuseppe Panzaパンツァが蒐集した『ミニマリズム』作品の半分は、今日美術館で見ることができる。

美術館のあり方そのものが近年変わった。マーケティングについての議論よりも、むしろ美術館を国際的な水準に近付けるという面で努力がなされた。また、美術館の建築構造、展示方法、作品の保存、保存技術などすべてをふくめたうえでの『美術館のもつスペース』に対する考えも、根本的に見直されてきた。

現代のアーティストたちは、以前なら考えられなかったような表現手段にますます傾いている。写真、ウェブ・・。ビデオやインスタレーション、パーフォーマンスには、もう10年このかた慣れっこだ。産業素材をつかい、バカでかいサイズの作品をつくった『ミニマリズム』は、まさにこういうアートの傾向を先取りしていたのかもしれない。現代アートはスペースを要求している。そして美術館も、こういう現代アートのあたらしい表現にふさわしいものにならなければならない。

Giuseppe Panzaニューヨークのグッゲンハイム美術館所蔵のパンツァ・コレクション展示会が最近ヴェローナであった。グッゲンハイム美術館は近年事業方針を大幅に刷新、美術館支部をソーホー、ヴェネツィア、ビルバオ、ベルリンにつくるなど、国際的チェーン美術館の様相を呈している。現代アートに対しても、ひじょうに積極的な姿勢を示している。

ヴェローナでの展示会の折り、グッゲンハイム美術館のキュレーター、ジェルマノ・シーラントが記者会見でこう言及していた。「20世紀の美術市場が大きく変容したのにともなって、コレクターのありかたもまた大きく変わりました。またいっぽうで、美術館がコレクターとしての役割を果たさなくてはならない時代です。コレクターが現代アートに鋭い視線を向けているように、美術館もまた現代アートにとってふさわしい内容をもつものにならなくてはなりません。」

Giuseppe Panzaコレクターとしてのパンツァの基本的な姿勢は、一貫して『待つ』ことだった。これからキャリアーを築こうとしているアーティストにとって、パンツァは願ってもないパトロンだった。まとめ買い、注文、それもほとんどがきわめて大きいサイズの作品だった。パンツァ・コレクションは80年代ぐらいから評価されはじめた。1984年にはニューヨークの『MOMA 』が、パンツァ・コレクションのうち主要アメリカ人作家の作品80点を1100万ドル(!)で買い取った。そして、グッゲンハイム美術館も。

ここいらへんから、パンツァはみずからのコレクションとアーティストをさらに有効に活用することを考えはじめる。そして、『使用貸借』という方針を打ち出した。その結果、交渉がまとまらなかったケースもあったが、今日グッビオのパラッツォ・ドゥカーレには5年契約で50作品が、2002年の開館を待つロヴェレート美術館には70作品が、ヴェローナのパラッツォ・デッラ・グラン・グアルディアには37作品が、貸し出されている。

いっぽうで、パンツァがまさにメセナ(芸術擁護 ※)としての顔を見せている部分もある。ヴァレーゼのビウメ(ミラノ近郊でパンツァの出身地)の『イタリア環境基金(FAI)』には133作品が、スイス・ルガーノ(ここも出身地から遠くない)のカントナーレ美術館には200作品が、ともに1996年に寄贈されている。1956〜87年にわたるパンツァ・コレクションのアーカイブは、ロサンジェルスの『ゲティー人文センター』にある。

Giuseppe Panza『ミニマリズム』(パンツァ・コレクションの『ミニマリズム』は、『ものしずかなミニマリズム』と言ったほうがいいかもしれない。)のあと、パンツァ・コレクションがなにを追い掛けているかを暗示するような展示会が1997年、80−90年代のアーティストを中心にトリーノであった。つい先月には、デイヴィッド・シンプソン、マックス・コール、アン・ルース・フレデンタル、などなど、パンツァ・コレクションのもっとも新しい部分をなすアーティストたちの展示会が催され議論を呼んだ。

「パンツァはメロン、ソロモン・グッゲンハイム、ロックフェラーに比する偉大なコレクターだ。」と、シーラントは言う。パンツァ・コレクション展示会のカタログをみていると、深い洞察が、いっぷう変わったものの見方がうかがえる。

ビウメ伯爵(パンツァのこと)は、アーティストたちと密接な関係をもちながらコレクションを展開してきた。しかし、つねにアーティストたちと良好な関係を保っていたわけではない。グッゲンハイム美術館への作品の売却を批難したアーティストもいた。

メセナ、慈善、投資、投機・・パンツァはいろいろに言われてきた。「できるだけ多くのひとと情熱を分かち合いたい。」というパンツァに、ひややかな嘲笑を向けるひともすくなくない。しかしパンツァがつねに手の内を隠さずに活動を展開してきたことも事実だ。コレクション、展示、執筆、ときには意欲的な企画の誘発剤ともなった。マーケットにおけるポジションでさえ秘密にしなかった。現代コレクショニズムを象徴する存在であることは、否定できない。

(2001.07.31. 訳)(2003.02.04. 点検)

※ メセナは、古代ローマ時代の文芸擁護者の名前に由来し、「芸術庇護」の意味。メディチ家のロレンツォとか、日本のタニマチもそうですね。イタリア語で「メチェナーテ」は「擁護者」。

かんれんサイト

Villa Menafoglio Litta Panzaについて
http://www.varesegallery.com/villapanza/storia.htm

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