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ムラーノ現代ガラス展

展評訳: Exibart / Chiara Visentin 14.09.2001.

Muranoガラスというノーブルな素材。そこから発散されるエネルギー、輝き、もろさに、アーティストたちは創造のインスピレーションをかぎりなくかきたてられる。「ムラーノ現代ガラス展」では、1900年代の14人の国際的アーティストのガラス作品をとりあげ、その美と神秘にせまる。

14人のアーティストたちは、そのスタイルも世代もさまざまだ。しかし、そこに共通している力強い詩的表現は、ガラスのもっている表現力の豊かさをぞんぶんに引き出している。現代アートのもつ可能性と限界、または文学的、技術的、視覚的表現の可能性を、ガラス芸術がどのように巧みに再現しているか、この展示会は的確にみせている。

アーティストのひとりアンドレア・パニェスは語る。「ガラス芸術というのは、きむずかしく精巧なアートです。あつかいにくく複雑なガラスという素材を通して、ふだん慣れ親しんでいるのとは違うガラスのもっている表情に鑑賞者の注意を引くことに、この展示会は成功しているとおもいます。」

Murano展示会場であるマルコ・ポーロ・ガラス・ギャラリーはもうひとつの野心的な提案をした。ヴェネツィア・ムラーノのガラス製造は何世紀にもおよぶ伝統を有するが、そのなかでもよりすぐりの職人たちと、世界的な知名度をもつこのアーティストたちとの共同作業による作品の実現だ。(つまりこのアーティストたちのデザインをムラーノのガラス職人が作品にするということ。)

ここには、はっきりとした将来的への抱負がある。「ガラスのフォームについてはいうまでもなく、ガラスのさまざまなあり方をつねに模索しつつ、より広がりのある、より明確なコンセプトをもったガラス制作を、 " ワークショップ " というかたちで実現していきたい。そしてゆくゆくはそれがひとつのガラス芸術のながれになっていってほしい。」

作品が展示されているだだっぴろいホールは現代版のロフトさながらだが、ここはかつてガラス工場だった。現代作品とかつてのガラス工場があいまっているさまは、時代の変遷とそこに込められたなにか暗示的な意味合いをかんじさせる。

ガラスの特性である可延性と透明感、より具体的には清純さ、かがやき、もろさと強靱さ、これらがアーティストの芸術感性をそそり、かずかずのあたらしい創造的表現をうみだす。まるで魔法にでもかけられたかのような吹きガラスや多彩色のオブジェ、白熱色の緻密な構造の置き物などを制作した14人のアーティストを列記してみよう。ジョセフ・コサス(1965年の作品を展示)、ヨーコ・オノ、トニー・クラッグ。スティーヴ・トービンはいつものことながら、展示会に先立って構想をあたため、インスタレーションとしてマルコ・ポーロ・ガラス・ギャラリーの広い空間に展開している。さらには、イズミ・オキ、ディーン・ジョカノヴィック・トゥミン、マーカス・シャラー、ロリス・チェッキーニ、アンナ・マスカーディン、グラツィアーノ・グアルニエーリ、アンドレア・モルッキオ、シーマス・ファレル、アンドレア・パニェス。

Murano展示会キュレーターをつとめるジョヴァンニ・イオヴァネは、カタログのなかでこう語っている。

「1900年代のアートにおいて、" これは美しい " という絶対的な評価がなされたというのはあまりない。大半はマーケットを意識した評価か、ほかの芸術表現と比較対象することによってなりたっている評価などです。そういうなかで、ガラス芸術というのは特異です。その美しさが見てすぐ分かり、鑑賞者の反応をすぐにひきだします。」

「なにが印象に残るかはさまざまです。ガラスという素材、ガラスの軽さやもろさ、透明感、あるいはぎゃくにさまざまな半透明色やガラスのもつ複雑な表情、ガラスの内側と、外側に向かってガラスが投げかけるひかりのきらめきなど..。」

「ガラス作品というのはアーティストの創造性を " 結晶 " にしたようなものです。その美しさのためにも、安易なもうけ主義やコピーにはしることがないでほしい。」

(訳 2001.09.15.)

展示会 「Fragile Beauty」 / Marco Polo Glass Gallery & Studio, Fondamenta Manin, 1, Murano, Venezia / -2001.11.07
http://www.marcopologlass.it/

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