EKAKINOKI

マグリットの先生はデ・キリコ

ルネ・マグリット
Rene Magritte 1898-1967

展評訳: Exibart / Daniela Bruni 2001.03.17.

マグリットがデ・キリコ作品に出会ったのは1920年代前半で、デ・キリコの 『象徴的暗示的な画風』に、マグリットはひじょうに影響を受けた。たしかにマグリット作品には、デ・キリコ作品にみられるようなローマ建築、門、回廊、列柱、ピサの塔などがみられる。しかしマグリットがデ・キリコに影響を受けたのは、その『作品スタイル』においてだけだ。

デ・キリコ作品を覆っている『神秘感』は、作品の登場人物をえがかれた世界から疎外してしまう。光と影の微妙なバランスは、不安感と孤独感をかもしだす。

ベルギーの作家マグリットにこれはない。マグリットは『象徴的暗示的な画風』から出発して、対象をシュールリアリスティックに『変容』させていく。デ・キリコ作品では固定化されたイメージが、マグリット作品においてはいきいきとしているばかりか、絶え間なく変化していくかんじを与える。両者のこのチガイに、マグリット作品を読み解く『カギ』 がある。

『マグリット作品は謎めいている』としばしば言われる。しかし、あえて神秘的で難解な世界を描くつもりはマグリット自身にはなかった。ほんとうは、マグリットの絵はクリスタルのように明解だ。『足』が『靴』になり、『服』が『身体の一部』に同化していく。その『身体』がこんどは『空』に溶け込んでいく。まるで夜の明けていくように・・対象の『現在の姿』と『未来の姿』がえがかれている。

デ・キリコがそうであったように、マグリットにもまた『トラウマ』と『ショック』があった。そしてそれが制作の動機でもあった。マグリットは、作品を描き込んでいくことでそれを解消していく。

出発点の『トラウマ』と『ショック』は、皮肉っぽいカタチで作品のなかに痕跡をとどめてはいる。しかし作品から受けるこういう印象は、晩年になると『流れるようなかんじ』にかわり、最後の頃の作品では一種の『透明感』さえ感じられる。

また一方で、作品の主題がかえって分かりにくくなってしまうような『タイトル』をマグリットはあえて付けている。「『描かれていないもの』を明らかにするような『タイトル』を付けるべきだ。」マグリットはこう語っている。

『絵のなかの絵』のような『窓』は、『作品を見ているひと』と『見られている作品』のあいだの溝を埋め、絵のなかに鑑賞者を引き込もうとしている。

『身体はバラバラ』にされて身の回りのあらゆるものと同一化され、その『バラバラにされた身体』は『変身』して本来有していた意味を変えていく。

『作品中に描かれた言葉』、『抽象的なイメージのなかでの言葉』は、言葉のいたらなさを指し示しているだけではなく、『自然の神秘さ』と『現実の曖昧さ』を暗示している。

ルネ・マグリット作品(Artchive.com)
http://www.artchive.com/artchive/M/magritte.html

展示会について・・

Complesso del Vittoriano ( Via San Pietro in Carcere - Fori Imperiali, Roma)/〜2001.07.08.:ルネ・マグリットの作家活動全般をカバーする大規模な展示会。出品作70点。マグリットが受けたジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)の影響にも焦点があてられている。

あまりにたくさんの作品が所狭しと並べられていて、ひとつの作品に集中することができない。鑑賞者を魅了し、インスピレーションを与えるマグリット作品が、これではいきてこないというかんじを受けた。

「世界の血(1927)」「さいたる歴史(1928)」「現在(1938-39)」「記憶(1948)」「無知な妖精(1956)」など。

(2001.03.22. 訳)(2001.08.13. 点検)(2002.09.11. 点検)

※ 「夜22時、入場するためにまだ行列していた。」「展示会場はごったがえしていて、すべてケチなローマ市のせいだ。」などとコメント欄にありました。展示会は午前9時30分から。午前中が無理でも、せめて平日に・・。

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