EKAKINOKI

過去の宗教画なんて分かんなくてあたりまえ

ジョットの例
Giotto di Bondone 1267-1337

古典美術のほうが現代美術よりもスッキリとしていて理解しやすいというのはホント?

評訳: Exibart Alfredo Sigolo 2000.06.12.

Giotto良きにつけ悪しきにつけ、今年注目される展示のひとつがフィレンツェでのジョット展だ。ジョット(1267-1337)は、伝統的な絵画技法の教典を塗り替えた。ロンギ(美術史家)がジョットのことをこう例えている。「描写に柔軟なうごきを加え、ローマ時代の彫刻家の理想をもち込んだ。」ローマ時代の彫刻家の理想をもち込んだかどうかについてはすこし異論があるが、的(まと)を得た指摘だ。

さて、展示会紹介はさておき、「古典美術は現代美術にくらべてストレートで理解しやすい。」という広く流布している誤解に今回はいちゃもんをつけてみたい。『誤解』を作り出しているのに3つの原因がある。まず、歴史的な背景を無視してとんでもない勘違いで作品を見ている。2つ目、古典は永遠だというゆがんだ思い込み。3つ目。以上ふたつのかんちがいを産み出している表面的で欠陥だらけの学校教育。

作品がうみだされた時代の価値や意味が、時代の変遷とともにどのように変わっていくのか、ブランディ(美術評論家)の意見を引用してみる。

「時代の変遷とともに、作品は物理的に質が低下していくばかりか、作品に与えられた意味そのものまでかわってしまう。文化、ものの考え方、世界の関心のありどころがかわれば、当然、作品が、当時の人々ともに共有していた意味は失われ、その時代その時代にふさわしい別の意味があらたに与えられる。

たとえばドゥッチョ(1260-1318、シエナ)の『主よ』などがよい例だ。テクニック、デザイン、色彩、コンポジション、主題の表現方法、どれをとってもそのすばらしさにいまも感嘆するばかりだが、そこには、『処女懐胎』の意味をうったえかけようとした当時のシエナ人の深いおもいがあり、またドゥッチョの天才性があってはじめて実現したものだ。

『処女懐胎』のプラカードを掲げ、宗教心にうったえかけた熱烈な宗教行列がシエナの町をうねり歩いたのだ。その作品が、将来、歴史的、芸術的価値をもち得るなどということを、ひとびとは夢にもおもっていなかった。」

Giottoつまりブランディによれば、芸術作品は時の流れとともにあらたな意味を付け加え、蘇る。古典を、それが生みだされた同時代人とおなじ眼で鑑賞することなどありえない。

古代キリスト教世界では抽象的で遠い存在だった神のイメージを、ジョットは、驚くべき技法で目の前にほうふつとさせた。今日できることと言えば、当時の人々が、どれほど敬虔な気持ちで人々を折伏しようとしていたか、その情熱を、ジョットの作品を通してせめて感じ取ることだろう。

芸術作品は、その作品がうみだされるに至った時代・状況、そこに生きていた人々、そして作者から、切っても切り離せない関係にある。それが、まったく異なる時代、まったく異なる環境の、美術館などにおかれているのだ。古典作品を見て、『かたち』がはっきりとえがかれているから分かりやすいというのは、とんでもない誤解であることが分かるだろう。

18世紀までの芸術作品は、おおむね文学、神話、宗教と密接な関係をもっていた。それが当時のひとびとに理解され、うったえかけたのだ。それを、今日まったく別の文化土壌に生きているわたしたちの感性をもって理解することは、不可能にちかい。唯一、資料にのっとった科学的分析のみが古典作品の正確な意味を伝えることができる、ということになるが、これはこれでまた難解で分かりにくい。

さて、ひるがえって現代アートもまた、わたしたちが生きている社会から産み出される。だからリクツとしては、作品が作り出された経緯、作者の意図はなんなく理解できるはず。ところが事態はまったくの逆で、現代アートのほうが難しくて、古典のほうが分かりやすいと一般におもわれている。

クリスポルティ(イタリアの著明美術評論家)は、現代のアーティストと一般のひとたちとの関係をこう説明している。「今日のアーティストは、ほかのひとびとになにかを伝えようとおもって制作していません。さまざまな文化的背景をもつほかのひとたちが、彼の作品のところにやって来て、それぞれに理解することを要求しているのです。」

確かにその通りかもしれない。しかしそれ以前に、ふつうのヒトなら、旅立つのにそれ相応の『旅行かばん』を用意する。ところが、現代アートの問いかけを理解するのに、わたしたちはあまりにかぎられた経験と知識しか持ち合わせていない。この責任がどこにあるのかと言うと、それこそまさに学校教育なのだ。社会全体の文化水準を向上させる責務を負っているのが学校教育なのに、ことアートに関してはまだほど遠いところにある。

(2000.06. 訳)(2003.11.07. 点検)

※ 『ジョット展』(フィレンツェ Galleria dell'Accademia/2000年6月6日〜9月30日)荘厳なビザンティン様式から、芸術に人間らしさを吹き込んだ13世紀の天才。少し前まで作者不明だったジョット作品が多く展示されている。月曜日休館。火曜日〜日曜日:8.30-19時/土曜日:8.30-22時

ジョットかんれんファイル

■ 現代アートと古典のちがい:ジョットの例
■ サンタ・クローチェ教会(フィレンツェ)のジョット(Photos)
■ 〜近郊生まれってどういうイミ?(ジョットの例)
■ ジョットとドゥッチョのながれ

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