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オーストリア館 - Venezia Biennale 49

展評訳: ExibArtAlfredo Sigolo 15.06.2001.

「ゼラチン」&「グラニュラー・シンテシス」は、整髪用のあたらしいジェルでは、な〜い。ヴェネツィア・ビエンナーレのオーストリア館を代表するふたつのグループの名称。オーストリアではつとに有名、海外ではカルトにさえなりつつある。このふたつのグループのオリジナリティーと意外性に溢れるスペクタクルは多くの観客をとりこにするだろう。

Venezia Biennale「ゼラチン」はウィーンを基盤とし、年の半分を海外での制作についやす。かぎられた空間内に「生」を再現する。

「ゼラチン」は常識的なシチュエーションを反転し、観客をパニックに陥れる。今回の制作は「完璧なる浸透」と名づけられている。透明でネトネトとした液体の "ゼラチン" が、スポンジ状の穴を通り抜け、ある細胞のなかにに入り込む。さらにそれは膨張して存在感を強調する。"ゼラチン" (「ゼラチン」?!)というきわめて原始的な物質にひそむ強烈なパワーを表現している。

オーストリア館の入り口にはドロドロとした沼のようなものが設けられていて、観客はどうしてもその脇にある不安定な板の上を渡っていかなければならない。中に入るとそこは散乱したかんじの庭。物置き場のようになっていて、廃品が山のように積み上げられている。それに近づいていくと、こんどは建築関係の展示会が終ったばかりのホールに、展示物が解体され無造作に放り置かれている。きれいにされていてあたりまえの場所なのに、壁にはあえて整理整頓という札がかかっている。

Venezia Biennaleあたかも立ち入り禁止の場所に間違って入り込んだかのような錯覚に観客はおちいる。展示会がはじまる場所にいかなくてはならないとかんがえるのだが、じつは展示会はもうすでにそこで終っている。こういう遠回しのやりかたで、「ゼラチン」は観客を混乱に陥れる。神聖であるべき場所の価値をひっくりかえしてしまうのだ。「ゼラチン」は1995年からグループとして活躍している。

「グラニュラー・シンテシス」の作品タイトルは「リセット」。「グラニュラー・シンテシス」は1991年からウィーンとニューヨークで活動。グループ名「グラニュラー・シンテシス」は、波長、振幅、周波数、音域すべてにわたり、あらかじめ与えられた命令に従って数学的に音を構成するテクニックを意味する、オーディオ・ミュージックの言葉からきている。「グラニュラー・シンテシス」は、音とイメージをプログラムで連係させてデジタルにつくりだす。

最近ボローニャで、「POL」というプロジェクトを実現。そのときは、40ヘルツの低音、30キロワットの音量をもってディアマンダ・ギャラスの悪魔的な声を石壁に封じ込めた。そしてこれに連動した第二の石壁に、ギャラスの顔がときおり映し出される。今回のヴェネツィア・ビエンナーレではひとを催眠にかけてしまうような空間を作り出している。

Venezia Biennale観客はまず真っ暗な空間に招き入れられる。(ころばないように注意!)そこでは、地面の底から響いてくるような音につつまれる。すこし進んで行くと、左右に平土間があらわれ、その正面にばかでかいビデオが据えられていて、単色のあざやかな色が、音に連動して変化する。映像は不規則なリズムをもっていて、人間の鼓動のようなものをかんじさせ、全体がひとつのシンフォニーとなって観客の心に浸透してくる。

「グラニュラー・シンテシス」は必要最低限の要素で完璧なまでに効果を引き出すことのできる成熟したグループだ。もう30年も前にその効力を失ってしまったとかんがえられている「ミニマリスト」だが、ここでは国際的なレベルで、新鮮で個性的にほりさげられた表現形式がいきいきとしている。

(訳 2001.06.16.)

かんれんサイト

Gelatin
http://www.gelitin.net/gelatin/html/indexnn.html
Biennale di Venezia
http://www.labiennale.org/
Diamanda Galas:ディアマンダ・ギャラス(歌手)
http://www.levity.com/corduroy/galas.htm

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