EKAKINOKI

カール大帝展

シャルル・マーニュ 742-814

展評訳: Exibart / Francesca Matarrese 2001.01.12.

Charlemagneヴァティカン美術館のカール大帝展覧会。規模は大きくありませんが、見せます。「カピトルの狼」(紀元前490年〜470年)と、「アーヘンの狼」(紀元後2世紀)のふたつの彫像が、入り口で出迎えているのが象徴的。(狼は、ローマ建国の象徴。)「カール大帝」をテーマに、古写本、貴金属装飾品、貨幣、碑、絵画などを展示。

展示品のなかで、とくに目を引くのが、銀製金箔の「カール大帝の手の形をした遺骨入れ」。1481年、フランス王ルイ11世がつくらせたもので、いまにいたるまで、カール大帝の手の遺骨がなかに収納されています。そして、「カール大帝の護符」。これはフランス・ランスからのもので、金細工と宝石のちりばめられた9世紀の耳飾り。

Charlemagneカール大帝は、ヨーロッパ史のなかでもひときわ大きな存在です。「ヨーロッパの父」という声もかかる。EC統合が進むなかでのこの展示会は暗示的。

26才のとき、父ピピン短躯王から王位を継承、フランク王国カロリング朝の「2代目」。「ローランの歌」に主人公として書かれ、中世君主の理想像とされ、政治家であり、信仰のひと。北海からエルベ川、ピレネー山脈におよぶ帝国を築き上げたばかりか、文化芸術を振興。その時代は「カロリング・ルネサンス」と呼ばれ、アーヘン(いまのベルギーよりドイツの町)を中心に、全国土にわたって文化芸術が花咲きました。

教皇ハドリアヌス1世、レオ3世とも親交のあったカール大帝は、800年、「神聖ローマ帝国」の皇帝位をレオ3世から拝命します。「神聖ローマ帝国」というとなにやらこんがらがってきますね。じっさい「神聖ローマ帝国」が、いろんなひとの、いろいろな思惑が、時間の枠をこえて入りまじっているこんがらがった存在だったのです。冠を与えるほうとしては、とぎれてしまった西ローマ帝国の再興を期待し、教会国家の守護者になってほしかった。

カール大帝は、サン・ピエトロ寺院を豪勢に飾ります。古サン・ピエトロ寺院の鐘の「雄鶏」は銅製金箔。「つがいのクジャク」も同様で、ともに教皇ハドリアヌス1世の時代のもの。羽のかたちまではっきりとわかる細工がほどこされ、もともとはピーニャ噴水の一部分をなし、広間を飾っていました。

教皇レオ3世による、カール大帝の戴冠式は、サン・ピエトロ寺院で、きっかり西暦800年、しかもクリスマスの日にとりおこなわれました。カール大帝が、人生のなかでもとりわけ栄光と感激を味わった瞬間です。それからのちの1515年、ラファエッロは、ヴァティカンのアポストリコ宮殿で、この歴史的出来事をフレスコ壁画にえがきました。この部屋を訪れると、あの日のカール大帝が彷彿してきます。

古写本の展示コーナーもとても興味深い。歴代教皇在位中の出来事を記した原典とされている11世紀の羊皮紙本。聖書原典の初期の写本のひとつとされている、840年ごろの「アルクイーノ聖書」。サン・ピエトロ寺院のもっとも古い姿がえがかれている「ファルファ文書」。「カール大帝の法衣」と呼ばれ、象牙の彫刻と金銀の絹糸で製本されたミサ用の福音書。

(訳 2001.01.15.)

※ 展示会:ヴァティカン美術館 〜2001年3月31日

※ ファイル中(上)の画像:ラファエロとその弟子による「皇帝戴冠式(1515/1516) バティカン美術館」

絵画 ロシア イタリア