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ルネサンス・タペストリーをどうやって修復?

評訳: The Art Newspaper / Martin Bailey 2000.07.26.

「ロス・オノレス」は、タペストリー(つづれ織り)の名称で、初期ルネサンス・タペストリーのなかでも傑作と言われる。神聖ローマ帝国皇帝シャルル5世(1500-80)の注文によって、フランドル地方で織られた。長期間の外交上の折衝ののち、スペイン政府は修復を条件に、4ヶ月間の貸し出しをベルギーに認めた。何世紀にもわたる「よごれ」を落とし、9組におよぶタペストリーは現在ベルギーで展示されている。理想的にライトアップされて、往年のフラミンゴ職人の名人芸をしのばせる。

「ロス・オノレス」は、ウール、シルク、黄金色の糸で織られていて、大きさは幅5メートル、高さ10メートルにおよぶ。ブリュクセルのピエール・フォン・エルスト工房で1520年代初期に作られた。若き君主にとって必要な、「美徳」と「避けるべき悪徳」の数々がえがかれている。9つのタペストリーのテーマは、「幸運」「敬虔」「美徳」「信仰」「名誉」「名声」「正義」「高貴」「不名誉」で、タペストリー全体の名称「ロス・オノレス」は5番目の「名誉」からとられている。「ロス・オノレス」には、神話、聖書、歴史上から総数336を下らない逸話が盛り込まれている。シャルル5世はヨーロッパじゅうを旅行する際このタペストリーを持参し、仮の住まいを飾った。このことから、フラミンゴ人の作るタペストリーは、「北方のうごくフレスコ画」と呼ばれた。「ロス・オノレス」は、その後スペイン君主の手にわたり、スペインの国家財産となる。1957年より、セゴヴィア近郊の「ラ・グランハ・デ・サン・イルデフォンソ宮殿」に展示されている。

tapestry renaissanceタペストリーのうちの2組は1993年にクリーニングがなされているが、「ロス・オノレス」全体としては1750年代に修復がなされたきりで、積みかさなる歳月とともに老朽化がすすんでいる。繊細な図柄は色褪せ、黄金色の糸も輝きを失っている。ことに縁取り部分のシルクは強度が弱まり、ウールも、染色の際につかわれた鉄分のせいで腐食・劣化し、穴まであいている状態だ。水によるよごれもある。修復は急務を要するが、莫大な資金が必要とされる。これほど大きなサイズの高価なタペストリーを修復できる専門業者もそうそういない。そういった専門業者のひとつが、ベルギー・マリーンの「デ・ウィット・ロイアル・タペストリーズ・マニュファクチャーズ」だった。そこですぐさまスペイン政府はベルギー政府に掛け合い、「ロス・オノレス」を4ヶ月間無償貸与するかわりに修復を依頼することができた。

資金繰りの問題はまず最初に越えるべきハードルで、そのあとには、修復の技術的な問題が待ち構えていた。「ロス・オノレス」が制作された時点の状態に、作品を完璧に修復することスペインのキュレーター(学芸員)たちは望んでいた。一方、フラミンゴの専門家たちは、作品そのものには手を入れない修復の仕方を主張した。

この方法だと、修復したところが目でみえる。タペストリーの背面を見ると、どこに手が加えられたか一目瞭然となっている。結局スペイン側が、このよりソフトな修復方法を承諾し、最初の3組のタペストリーが冷房付きのトラックにのせられ、警護付きでベルギーに向かったのが、1999年4月だった。

まず最初のステップはクリーニング。
あらかたのそうじを済ませたあと、タペストリーは大きな網状のグリルに水平にのせられる。デ・ウィットが開発したエアロゾル吸入器のシステムだ。下方の吸入器が繊維のゆがみを補修。上方から、圧縮されたエアーと水、超稀薄洗剤が散霧され、下から吸入器で吸い込まれる仕組みになっている。そのため、溶剤はタペストリーを非常に速く通り抜け、繊維にまで浸透しない。この技術のおかげで色は脱色しないばかりか、繊維の収縮が避けられる。クリーニングと乾燥にタペストリーひと組が要するのは6時間。

このあとにくるのが、「基本的な修復」と「全体の美観を調整する作業」だ。損傷を受けている部分と、欠落している部分には背後から麻布をあてる。この麻布は、すでにタペストリーの基調色に染色されている。さらにほつれた糸がこの麻布のパッチに縫い付けられ、必要とあればあらたに糸が加えられる。手を加えられた部分は、ひと針ごとに、背面の麻布を見れば一目瞭然となるシステムだ。

一番問題なのが、美観に関する部分だ。美観をそこなっているのは横糸の色褪せで、ことにシルクとウールがひどい。欠けた部分では白い糸さえのぞいてしまっている。最終的にとられたのは、染色された横糸を、オリジナルの横糸から十二分に離して、両者の見分けが容易につくようにしておいて、付け加える方法だった。この横糸もやはり麻布のパッチを通して付けられる。

大切なのは、オリジナルのデザイン、構造にいっさい手を加えないで損傷を覆い隠すこと。この方法では、近付くと修復した跡が見てとれる。しかし1メーター以上離れると、それは分からない。この作業では、色のちがいに非常な注意が払われる。たとえば92種類を下まわらない黄色の染色がなされた。最後に、タペストリーが並べられ、最終的な点検にはいる。

創業者の孫イヴァン・マイエス・デ・ウィットが工房のチーフを務める。「どのような修復の仕事も妥協点を見い出さなくてはなりません。とくに今回の「ロス・オノレス」のような大規模なプロジェクトでは、あまりに完璧主義に徹することで、途中で棚上げになってしまうことすらあります。」

「ロス・オノレス」は現在ベルギー・マリーンで10月8日まで展示されている。(Malines' Antoon Spinoy Cultural Centre)デ・ウィットの工房は展示場から徒歩5分のところにある15世紀の大修道院にある。工房では特別展が設けられ、週に四日間、午後のみ、訪問者に開放されている。(Malines Tourist Office tel+32 15 297 655)

© The Art Newspaper


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