EKAKINOKI

美術市場のサイクル

評訳: The Art Newspaper / James Sproule 2000.07.14.

美術市場も、また一定のサイクルで動いている。これは驚くにあたらない。どんなに作品がすばらしくても、そのこと自体が評価されるというのは稀で、しばしば気紛れな「はやり」に左右される。「景気がいいと美術市場も順調だ。」というのは、どんなディーラーでも知っている。1990年代の美術市場をふりかえって見るだけでも、景気後退がどんなに深刻だったか分かる。美術市場がピークだった1990年の絵画の売り上げは45億ドル。ヨーロッパ、アメリカでの景気のダウン率は1パーセント以下だったが、絵画の売り上げは2年以内で15億ドルにまでしぼんだ。

過去20年間の美術市場における売り上げの統計をみると、どこで実際にお金が動いているのかが分かる。ピカソとモネが、そのなかでも最大の「勝者」であり「敗者」だ。もうひとつ注目すべき点は、価格下落率の激しかったトップテンのうち七つが、美術市場がピークにあった1989、1990年に売りに出された絵画で、価格上昇率トップファイブにはいっているうち三つの作品が、1971、1972年に購入されたものだった。とすると今日の絵画市場でつけられている値段というのも、やはり景気によるものなのだろうか。オークション関係者やディーラーはそう言ってすますこともできる。しかし、この30年間のあいだに美術市場は成長した。背後にある経済力も、美術品価格の長期にわたる上昇トレンドを保証している。

art market1960年代はじめジェラルド・ライトリンガーは、過去2世紀にわたる美術市場での価格を分析している。(以下今日の水準に換算した価格。)1800年代中頃、レンブラントは一貫して65,000ポンド(1066万円)ぐらいだった。ルーベンスが1850年、113,000ポンド(1853万円)で売られている。ブリューゲルが1892年、7,700ポンド(126万円)。1958年後半、38,000ポンド(632万円)。これらがけっして例外ではなくごくふつうのことだったということを、ライトリンガーは無数の実例を列挙して説明している。「インフレ」と「美術品の価格」の関連について注目したライトリンガーの研究成果は、今日にそのままあてはめることはできない。なぜかというと、美術市場がもはや「インフレ」によってではなく、「所得」によって左右されているからだ。

エコノミストは、広範囲にわたる経済分析をする際、必ずインフレ率を解消してデータをならす。(昭和10年の50円と現在の50円とは価値がちがいますから、いまのお金になおすと..ということ。)新聞やニュースで目にするインフレ率というのはごく一般的なものだ。衣料、食品、サービス、石油などの消費材からの平均をとってくるもので、どれだけよりはやくお金がなくなっていくのかが、一目で分かるようになっている。ところが、「アート」とか「ある特別な地域の住宅」など、かぎられたものの価格というのは「インフレ」によってではなく、「需要」の多いか少ないかによって変動する。その「需要」を決定するのが「所得」なのだ。ヨーロッパ、アメリカでは、1980年以降、「インフレ」よりも「所得」のほうが急速に成長している。これは経済の効率化によるものだ。だからといって、どこででも平均して「所得」が増えたわけではない。実際この20年間ヨーロッパ、アメリカでは着実に富のかたよりが進行している。

イギリスを例にあげよう。1979年イギリスでの税引後の平均所得は週215ポンド(35260円)だった。しかしおおまかに言うと、労働人口の3分の2は週65ポンド(10660円)しか受け取っていない。1996年には平均所得が週300ポンド(49200円)にまで上昇している。それでもやはり労働人口の3分の2はだいたい週90ポンド(14760円)ぐらいだ。この富のかたよりが、美術市場にとってなにを意味するかには注意する必要がある。美術市場においては富裕者層の厚さが需要を決定するからだ。

ふたたびイギリスに目を向ける。1979年、税引後の年収が14200ポンド(233万円)以上ある人は、20万人いた。1997年、インフレ率を考慮にいれると14,200ポンドが36,400ポンド(597万円)となり、それ以上の収入のあるトップクラスの5パーセントの人たちは、1979年と較べてほぼ10倍の180万人に増えた。この傾向は今後も続くと考えられる。もっと多くの人たちが、20年前には考えられなかったような所得を手にするだろう。経済の専門家でなくても、より裕福になった人たちが収入を余暇にまわす、というのはすぐに察しがつく。つまりますます多くの、あらたなアートの庇護者とコレクターの誕生というわけだ。このトレンドを経済学に置き換えると、第二次大戦後イギリスが苦しんだような長びく不景気か、高額所得者へのとんでもない重税が待ち構えているということにもなるが、その気配も見えない。

もちろん景気には波があるから景気後退だってやってくるだろう。それが美術市場に打撃を与えるだろうこともやぶさかでない。だが、トレンドははっきりしている。社会はますます豊かになり、富のかたよりも増幅されていく。美術市場にとってインフレはさしたる意味をもたない。それよりも、数に限りのあるアートをめざす、蓄積された富の大きさのほうが、美術市場にとってはずっと大きな意味をもつ。「トレンドは友だち」という株式市場の合い言葉は、美術市場にもあてはまる。

© The Art Newspaper


※ 1ポンド=164円(2000/07/29)

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