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ヴェネツィアを水害から守るバリアー

インタビュー訳: The Art Newspaper Anna Somers Cocks 2000.11.25.

2000年11月6日、ヴェネツィアは1900年代ワースト3の洪水にみまわれ、市の93パーセントが水に浸りました。ずいぶん前から、ヴェネツィアの洪水対策は、科学者たちによって研究されてきています。その中心にいる学者のひとり、ロベルト・フラセット教授へのインタヴューです。

Venezia「ヴェネツィアを洪水から守るために移動性のバリアーを築く必要性がある」と国際的な専門家たちは考えていますが、フラセット教授はどうお考えでしょうか?

1971年に、国際的に著明なエンジニアたちを集めて、どうやってヴェネツィアを海から守れるかについて討議しました。そのとき、もっとも支持を受けたのが、移動性のバリアーを築くという案でした。そののち30年のあいだ、それ以上の解決法はでてきていません。ヴェネツィアを町ごと持ち上げるというアイデアはありましたが・・・!

ではどうしてバリアーは築かれなかったのでしょうか?

まさにこの点が、この30年間のジレンマを象徴しています。政治家たちから反対意見がでてくるのです。一年には約8600時間あるわけですが、年間100〜300時間、潟を海から隔離してしまうと、潟と海とはまったくの別モノになり、結果として潟の水質を汚染してしまう・・・そのことを怖れているのです。「潟とヴェネツィアの町とは切ってもきれない関係にあり、そのうちのひとつだけを切り離して問題を解決してはいけない」という特別な法律もヴェネツィアにはあります。

港湾当局からの反対もあります。「年間100〜300時間港を封鎖すると交易に多大な損害がでる」と言うのです。これは、部分的には確かにそのとおりなのですが、あくまでも部分的にです。なぜなら、水位がほんとうに上昇するときというのは、非常に強風があり、そもそも船は潟の中には入れないからです。

そういった反対意見は克服できそうですか?

そう願っていますが、反対意見は政治的側面をともなっていて、、あとからあとからでてきます。それにたいして、いったいどう返答したらよいのか、皆が分からない状態です。

潟のなかにある養魚場ヴァッリ・ダ・ペスカ、石油タンカーを通すために深く掘った運河カナーレ・デイ・ペトロリフェリについては、どうお考えですか?これらが、ヴェネツィアに洪水をもたらす大きな原因で、それが撤去されるか縮小されれれば大部分の問題は解決する、と緑の党などは言ってますが・・・

それは間違いです。これについては、非常に正確な数学的調査がなされました。それによると、かりに養魚場をつかって水面の面積をひろげても、洪水は、1センチメートルから2センチメートルしか減少しません。これでは問題の解決にはつながりません。石油タンカー用の運河を、かつての浅さに戻すというのは馬鹿げています。時計の針を逆方向にまわすことはできません。

科学的技術的に、洪水の問題がすでに十分論議されているとすれば、あとは政治的な問題だけですね。いったい誰が反対しているのかということですが・・・どうも緑の党のような気がします。緑の党は、国のレベルでも地方のレベルでも権力の一角をなしていますから、政府も安易にはうごけませんね。

それはわたしの関心の対象外です。科学は政治とはべつものです。科学に政治を持ち込むなんて論外ですよ。もし政治家が科学的事実を知りたいというのであれば、よろこんでお答えします。

長期的には建物へのダメージ、短期的には生活者がこうむる経済的ダメージ。店鋪経営者、また1階に住んでいるひとたちが洪水のたびに蒙る損害はどうですか?そのためにヴェネツィア市への投資は減り、住民は減少するいっぽうです。30年前、わたしがここに移り住んだときの市の人口は13万人でした。それがいまでは6万5千人です。

もしあなたがイタリアの首相だったら、、?

もうとっくにバリアーができています。

バリアーを築かないということになると、将来起こりうる事態に対して、政治家たちに責任がふりかかってきますね・・・

おっしゃる通りです。バリアーを築くのは安くはありません。しかし、バリアーは町を守るためのものです。そういうバリアーを築くために、人類は歴史上、大変な代価を支払ってきました。そうでしょう?ロンドン、ハンブルグ、オランダ、サンクト・ペテルブルグ。ヴェネツィアだけがまだなのです。

もしかするとすべてのてん末について納得できるような科学的データを必要としているのかもしれません。でもそういうデータを提出することは可能です。国際委員会でこの件が審議されたとき、ふたつの指針が出されました。ひとつは今世紀の気象変動が与える、水位にたいする影響をもうすこし調査するということ。もうひとつは強風にともなう大波の研究。

バリアーは、洪水からヴェネツィアを守る最終的な解決法なのでしょうか、それとも研究は日々進歩していくのでしょうか?

世界はつねに進化しています。最終的な解決法などというのはありえません。その時点その時点でできることを採用していけばよいのです。そしてそのつぎはもっと新しいものに変えていけばいい。バリアーにしても、それを築いたら、こんどは維持していくことを考えなくてはならない。そして、それ以外の防御用のシステムとの併用をも考えていかねばならない。解決法というのはその時その時で変わってきます。リスクの種類だって変わってきます。

ロベルト・フラセット教授について

Veneziaロベルト・フラセット教授はイタリアを代表する海洋学者のひとり。コロンビア大学に10年間在職。1970-82年、ヴェネツィア地球物理学研究所所長。このとき政府の要請でヴェネツィア洪水対策のための地質、物理、技術、環境を研究。1982年より気象変動の研究に従事。地球圏生物圏国際プログラムのイタリア代表を務める。

世界じゅうから愛されている都市を洪水から救うために、いきあたりばったりのアイデアを語るよりも、科学的な事実に耳を傾けることを、ずっとひとびとに語りかけてきた。教授がヴェネツィアの救済策に取り組みはじめて30年がたつ。教授が抱いている科学的確信とは裏腹に、懐疑心、不信感、短期的な政治的利害が救済策の実現を阻んでいる現状に、いささか飽き飽きしたというのが教授の偽らざる心境みたいだ。

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かんれんファイル

■ ヴェネツィアの水害
■ ヴェネツィアの水害&カナレットの風景画

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