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イタリア・ネオリアリズム映画

ロッセリーニ監督・・・

「無防備都市('45/Roma, Citta Aperta)」
「戦火のかなた('46/Paisa)」
「ドイツ零年('47/Germania Anno Zero)」
「ストロンボリ 神の大地('49/Stromboli Terra di Dio)」

ヴィスコンティ監督・・・

「郵便配達は二度ベルを鳴らす('43/Ossesione)」
「揺れる大地('48/La Terra Trema)」

デ・シーカ監督・・・

「靴みがき('46/Sciuscia)」
「自転車泥棒('48/Ladri di Biciclette)」
「ミラノの奇跡('50/Miracolo a Milano)」

ジュセッペ・デ・サンティス監督・・・

「にがい米('48/Riso Amaro)」

たとえばこんなのが、「イタリア・ネオリアリズム」の映画。そう、戦後貧しいころのイタリアをさかんに撮ってた映画で、撮影場所もスタジオ以外の、できるだけ貧しいところとか、野っぱらとか、、出演者も素人をつかったりしていた。

「自転車泥棒」のいくつかのシーン
http://www.tcf.ua.edu/Classes/Jbutler/T112/Bicy..

ネオリアリズムを代表するいくつかのショット
http://www.tcf.ua.edu/Classes/Jbutle..

ネオリアリズムの代表的な監督は、上にあげたロッセリーニ、ヴィスコンティ、デ・シーカ、ジュセッペ・デ・サンティスなど。このほかにも、、チェーザレ・ザヴァッティーニ(Cesare Zavattini)はモノ書きだけど重要人物。デ・シーカ作品の脚本をてがけたほか、ヴィスコンティ、デ・サンティス、その他の監督とも仕事をしている。

イタリア映画っていうとフェッリーニやヴィスコンティなどを思い浮かべるひとが多いかもしれない。でもかれらにしても、ネオリアリズム時代の作品でまず名をあげた。フェッリーニは、「無防備都市」「戦火のかなた」でロッセリーニといっしょに仕事をしたし、「道('54/La Strada)」!!

イタリア映画の名を世界に知らしめたのは、、なにはともあれ、、まず、「ネオリアリズム」だとおもう。ネオリアリズム映画がいちばん顕著だったのは、大戦後〜1950年代半ばにかけて。

もっとも文学では・・・モラーヴィアやパヴェーゼや、、ネオリアリズムの兆候はかなり以前からあったし、イタリアにはグラムシ(1891-1937)がいて、労働運動を盛り上げ、1921年にはイタリア共産党を設立した。そういうのもムシできない。

しかしネオリアリズム映画をプッシュしたのは、なんといっても戦争でボロボロになったイタリア社会の現実だろう。「ブルジョアのラブロマンス」なんてソラゾラしいし、、でもなんか「元気の素」になるものをみんな見たいとおもったろう。

レンタル・ビデオ屋さんでネオリアリズム映画をみつけるのは、いまどきカンタンじゃないよネ。可能性が高いのが、図書館!あるいは、ときおりイタリア映画祭なんてのもやってる。でも映画祭ってのはちょっとクセ者・・・

映画祭でネオリアリズム映画をまとめて見たことがあるけど、あとで、ゴチャマゼご飯状態〜。。ストーリーもおもいだせないし、かろうじて断片的なシーンをおぼえているぐらい、、それもちょっとHなのとか。。

(2004.12.03.)

原題について

「無防備都市」・・・

「ローマ・チッタ・アペルタ=あけっぴろげ都市ローマ」。「あけっぴろげ」ってのはたぶん、攻めてきたドイツ軍にも、ほどなくやってくるアメリカ軍にたいしても、なんだろうっておもう。

「郵便配達は二度ベルを鳴らす('43)」・・・

「オッセシオーネ」。オッセシオーネとは、「心配で心配でしかたがない・・かたときもそのことが頭を離れない・・強迫観念」。

「戦火のかなた」・・・

「パイザ」で、「地元のニンゲン、、同郷人」のこと。

かんれんサイト

ボローニャ大学コスタ教授(Prof. Antonio Costa)のイタリア映画史(イタリア語)
http://www.muspe.unibo.it/corso/corsi/sci/sintlez3.htm

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