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小説と映画 "山猫 (Il Gattopardo) "

Tomasi di Lampedusa 1896, Palermo - 1957, Roma
Luchino Visconti 1906, Milano - 1976, Roma

1860年、ガリバルディがシチリアに進軍。イタリアは、統一に向けて音をたてて変わっていく。その時代のシチリア貴族を書いたのが「山猫」で、著者はトマージ・ディ・ランペドゥーザ。作者没後の1958年に出版された。タイトルになっている山猫は主人公の公爵家家紋。

20th Century Fox Home Entertainment Japan 「山猫」のビデオ。主役をはっているのはアラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレ、バート・ランカスター。

シチリアのはなしをシチリア人(!)が読むと・・・

(以下引用)

Mario Zerillo 2004.08.24.

頑固なまでにやるせないシチリアの現実に向かい合う気がしなくて、何年もこの本を手元に置いたまま読む気がしなかった。たしかにシチリアもすこしは変わった。しかし基本的には、いまもこの本のままだ。ぼくの故郷シチリアは、侵略をされつづけ、しかしけっして征服されることがなかったという、まともな土地柄じゃない。いまはフィレンツェにいて、やっとこの本を読む気になって、いい作品だとおもった。でもあまりに現実的なのと、皮肉っぽすぎる。

Martina Ferracane 2004.07.24.

「いまのままなにも変わらないことをのぞむなら、すべてを変えるしかないよ。」・・・タンクレーディのこの言葉にすべてが集約されてるとおもう。

E., 2004.11.12.

語れば語るほど・・・いい作品ってことになってくみたいだね。だけど、、なくていい部分がいっぱいあるよ。そのために全体がすごくとっつきにくくなってる。それに、、いい本だってことには賛成だけど、これじゃまるでヴィットリーニ(作家:Elio Vittorini)とヴェルガ(作家:Verga)の世界だけでシチリアができてるみたいじゃん。なにもかもがうつろでやかましくて、、、アンジェリカも浮気するし。もっとも、、そんなもんか。愛とか恋とかがあるとしたらそれは頭のなかでだけのことだもんな。あとは文句なし。とくにフィナーレがいい・・・ベンディコ(主人公の犬)が身投げする場面なんてサイコー。人生万歳。あれから50年があっというまに過ぎて、、けどけど、ベンディコは脚をバタバタやっていまも宙を舞ってるんじゃない?

(引用おわり 参照元↓)
http://www.italialibri.net/opere/gattopardo.html

「ベンディコがいまも宙を舞っている」ってのは、シチリアの状況がいまも変わってないってこと、、?やはり地元はすこしくシビア。ほかの地方のニンゲンは、とっつきにくい本であることを一様に認めながらも、じっさいに読んでみるとすごくよかったと純粋に感動してる。

ヴィスコンティがこの小説を1963年に映画化した。ちなみにヴィスコンティもランペドゥーザもほんものの貴族で、さらに貴族を連れてきて配役したという凝り様〜。

あの当時のシチリア社会ってたぶんガッチガチじゃない、、そういうとこの本音がきけるのってやっぱ皮肉やユーモア〜。でもそういう表現ってほとんど翻訳不能で、言葉がわかるんなら原語でみなきゃおもしろくない。ところが〜〜〜、、、借りてきたビデオはなんと英語ヴァージョン〜〜!

ヴィスコンティ映画祭(有楽町朝日ホール)と山猫(新宿テアトルタイムズスクエア)のチラシ。この「山猫」はイタリア語完全復元版!

で、、英語ヴァージョンをみたかぎりでは、、絶頂期のタンクレーディ(アラン・ドロン:主人公の公爵が目をかけていた甥)とおじさん公爵の淋しい姿で幕。

犬のベンディコが身投げ?アンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ)の浮気?タンクレーディの死?タンクレーディとコンチェッタ(公爵の娘)のまことの愛??・・・・・

そんなのはなかったよ。原作のさいごのほうは映画には不要とヴィスコンティが切り捨てたのか、それともかなり編集された英語ヴァージョンだったのか、、、イタリア語完全復元版がみたかった〜〜

(2005.04.30.)

かんれんサイト

ヴィスコンティが撮影につかったローマ近郊アリッチア(Ariccia)のキジ宮で、2002年、「山猫展」がありました。リンク先には映画のシーンとランペドゥーザの肖像がでてます。
http://www.portfolioitalia.com/cultura/leon0376.html

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