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フェリーニの "カビリアの夜"

主演のジュリエッタ・マズィーナは、フェデリーコ・フェリーニの妻で、『道』を演じた女優。フェリーニは、4回オスカーを受賞している。

一回目が『道(La Strada 1954)』、2回目がこの『カビリアLe Notti di Cabiria(1957)』、3回目は『8と2分の1(Otto e mezzo 1963)』、そして4回目は『アマルコルド(Amarcord 1974)』。

フェリーニ作品で、ストーリーをはっきりと思い出すというのはあまりない。フェリーニはストーリーを、予想もしない展開とか、かなりいじっている。もしかすると、ぎゃくにそのために、あとになって思い出せないのかもしれない。

そのかわり、ひとつひとつの作品は、なんらかのシーンをともなって、はっきりと印象に残っている。それにフェリーニ作品は、どの作品にも、けっして忘れることができない「フェリーニらしさ」が刻印されている。

カビリアも・・・カビリアは娼婦なんだけれど・・・いまにしてみると、けっきょくそんな設定よりも、主人公のパワフルな生き様がいちばんの印象として残っている。

字幕にあったいくつかの誤訳・・・

カビリアは、ある有名俳優に声を掛けられ、つかのまのひとときをともに過ごす。一緒にナイト・クラブに行き、そこでバンド・リーダーが客に向かって「マンボ26〜!」・・・それが字幕では「マンボ28」。

そのあとふたりは俳優の超豪華な家へ。召し使いが夕食を運んでくる。そこにあったシャンパンを俳優がみて・・・「お〜、1949年もの!」・・・これが字幕では「1957年」!1957年に封切られた映画で「お〜、1957年もの!」はないだろ、、

こんなこともあるんだネ、、ご愛嬌。。。

ところで、、もうひとつ、『カビリア』って1914年の映画がある。その映画のなかのカビリアは・・・ローマとカルタゴが戦っていた第二次ポエニ戦争時代(BC 219-201)のローマ人の女で、カルタゴに捕らえられ、生贄にされ、また捕らえられ、生贄にされ、それでもローマに舞い戻った「火の女」。原作はガブリエーレ・ダヌンツィオ(Gabriele D'Annunzio)。

ちょうどイタリアがリビアを植民地化していたころで、1900年代初頭といえば、イタリアはまだ王政。ローマ帝国の栄光にイタリアを重ね合わせたパストローネ監督(Giovanni Pastrone 1883-1959)の国粋主義が製作動機にあった、などといわれている。

フェリーニの『カビリア』は、パストローネの『カビリア』とは似ても似つかないけれど、もしそれがフェリーニ流の『カビリア』の解釈だとしたら、なぜフェリーニがそういう解釈をしたのかをかんがえてみるのもおもしろそう、、なんておもった。

でも、、かんがえないでよかった。この2作に、なんのカンケイもないってサ。。。

もっともイタリアらしい映画監督・・・・パゾリーニ、モレッティ、、そしてフェリーニも、そのひとりにちがいないとおもう。

(2002.09.01.)(2005.01.14. 加筆)

※ フェリーニじゃなくて、フェッリーニなんだってば。。抵抗ある、フェリーニって書くの、、、

かんれんサイト

The Nights of Cabiria
http://www.brightlightsfilm.com/22/cabiria.html

フェリーニ作品のポスター
http://www.activitaly.it/immaginicinema/fellini/index.htm

パストローネ監督のカビリア
http://archaeology.stanford.edu/journal/newdraft/garnand/figurepage.html
まんなかへんに「カビリア」のいくつかのシーン

絵画 ロシア イタリア