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版画に見るかつてのハドリアヌス帝ヴィッラ

Marguerite Yourcenar, 1903-87

マルグリット・ユルスナール著『ハドリアヌス帝の回想』のあとがきに、ハドリアヌス帝ヴィッラの特徴をよくとらえている記述がありました。

ヴィッラ(Villa)とは、ふつう、広い敷地がついた豪華な別荘とか別宅のことです。

「1941年ごろ、偶然ニューヨークのある絵の具屋で、ピラネージの版画を4枚見つけ、G***とわたしはそれを買った。その一枚はそのときまでわたしの知らなかったハドリアヌスのヴィラの風景で、カノプス礼拝堂を描いている。・・・・・ピラネージのほとんど霊媒的な天才は、ここに幻覚と、追想の長い習わしと、内的世界の悲劇的建築を嗅ぎつけたのだ。」

"Canopus" PIRANESI, Giovanni Battista 1720-78: ピラネージは、古代ローマに深い愛着を示し、その景観や建築などの銅版画を残しました。

「幻覚と、追想の長い習わしと、内的世界の悲劇的建築」・・人間ハドリアヌスを追体験したユルスナールが、どのようにハドリアヌス帝ヴィッラを感じていたのか、このひと言に言い表されているような気がします。

ヴィッラというのは、洋の東西を問わず、持ち主は愛情と美意識のすべてを注ぎます。

「昨日、ヴィラで、ハドリアヌスからわれわれにいたるまで、ここで次から次へと続いてきた何千何万もの沈黙する生に思いを馳せた。・・・・・ピラネージの時代には流浪の民。遺蹟の略奪者。物乞い。山羊飼い。瓦礫の片隅にどうにかこうにか住みついた農民たち。」

ユルスナールさん、ハドリアヌス帝になりきってる!

「オリーブの木が切られて、無遠慮な駐車場と博覧会風の売店兼軽食堂に場所をあけ、それらはポエキリウム(ギリシャ風ポルティコ)の気高い孤独を、広場の風景に一変させた。・・・・・美しい場所の均衡ほど脆いものはない。われわれが解釈に働かせる空想力は、テクストそのものを手つかずで残し、テクストはわれわれの注釈を超えて生き延びる。しかし石に加えられたごくわずかの不用意な修復、何世紀も前から草が平穏のうちに生い茂っていた野原に切り込みを入れるマカダム舗装のごくごく細い道も、永遠に取り返しのつかぬものをつくり出す。」

ここで『テクスト』というのは、朽ちても、あるがままのハドリアヌス帝ヴィッラのことです。

しかし、マダム・マルグリット・ユルスナールは、ちょっと、谷崎潤一郎みたいですね。

(2003.11.10)

ハドリアヌス帝かんれんファイル

■ 『ハドリアヌス帝回想録』
■ 版画に見るかつてのハドリアヌス帝ヴィッラ
■ ハドリアヌス帝ヴィッラ訪問記(訳)

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