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フランス宮廷教育係

ディアンヌ・ド・ポワチエ Diane de Poitiers, 1499-1566


ディアンヌ・ド・ポワチエは、自身フランス貴族で、フランス王家に仕えていた宮女です。

このひとの世話になり、影響を受けた王族がけっこういます。

アンリ2世、メアリー・スチュアート、アンリ2世のこどもたち。

と、書くと、なにかそっけないですが、このひとたちは、ひとりの女性を介して、みな結びついています。

そう。メディチ家からはじめてフランス王妃になったカトリーヌ・ド・メディシスです。

カトリーヌ・ド・メディシスとディアンヌ・ド・ポワチエはおなじラ・トゥール・ドヴェルニュ家(La Tour d'Auvergne)の従姉妹どうし。

ディアンヌ・ド・ポワチエは、カトリーヌ・ド・メディシスとアンリ2世の婚礼を後押ししたひとりです。

幼いアンリ2世の教育係をつとめたのも、ディアンヌ・ド・ポワチエ。

いっぽう、メアリー・スチュアートはスコットランド女王ですが、イングランドとスコットランドの政争を避けてフランス宮廷(1548-61)で育ちました。

Mary, Queen of Scots (Mary Stuart), 1542-87

メアリー・スチュアートは、5歳から13年間の多感な時期を、アンリ2世のこどもたちとフランス宮廷で過ごし、ディアンヌ・ド・ポワチエの影響を受けています。

アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの長男フランソワ(のちフランソワ2世)は、メアリー・スチュアートと結婚。

Francois II, 1544-1560

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というわけです。

アンリ2世にとっても、ディアンヌ・ド・ポワチエは、世間一般に言われる「愛妾」以上の存在だったのでしょう。

あれっ、聞いたようなはなしだなぁ。ハハ

(2016.04.20)

かんれんファイル

フランス王妃になったカトリーヌ・ド・メディシス

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