EKAKINOKI

和の風景にマッチするジーザス

芥川龍之介の『侏儒の言葉』の一節から引用・・・

「我々の祖先は『神』と言う言葉に衣冠束帯の人物をほうふつしていた。しかし我々は同じ言葉に髯の長い西洋人をほうふつしている。 」

「画力三百年、書力五百年、文章の力は千古無窮というが、『日本人が想像する神』にしたところでこうも変わってしまうのだから、文章の力とて知れたものではない。」

キリスト像として今みなが想像するのは、映画にでてくるような、長身でブロンドで優しくてカッコよくて・・・。ルネサンス時代からすでにそんなカンジでした。

キリストがほんうはどんな人だったか、いまとなってはわかりません。ロバにまたがった黒髪のおじさんっぽかった、というひともいます。

あるとき夕焼け雲をみていました。雨あがりのせいか、ところどころ雲がボテーっと塊になっていて、そこだけ、照り返しの色がやけに重々しい。ミケランジェロやラファエッロの天使が舞っているって雰囲気じゃない。

こんな日本の湿度と空気には、誰が描いた神の姿がマッチしているだろう?そんなヒマな疑問がわきました。

ティツィアーノじゃない。ティントレットでもない。いろいろな作品を思い浮かべているうちに、ふと、ひとつの神の姿がそこにピタリとおさまりました。

ウィリアム・ブレイク(William Blake 1757-1827)!

正確に言うと、ふたつの作品が合成された神の姿をおもい浮かべていました。

Matthias Grunewald William Blake

マティアス・グリューネヴァルト作「キリストの復活」教会内のパネル部分 1515年
詩人ブレイク作「古代の日々(部分)」エッチング・水彩 1794年 British Museum(London)

神の姿は、グリューネヴァルト(Matthias Grunewald1470/75-1528)。これを、ブレイクみたいにもうちょっと哲学的にするどく仕上げて、手から光線かなにかがピカピカッーと出ていて・・・

全体としてはブレイクのもの。

ブレイクの作品にそういうのなかった?(笑)

(2002.03.26)(2004.12.15. 見回り)

ブレイク作品
http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/blake/
グリューネヴァルト作品
http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/grunewald/

かんれんファイル

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