EKAKINOKI

永遠のパニック、永遠の残照、、

楽園を追放され、どうしたらいいのか頭がまっしろになっているアダムの姿・・・マザッチョ(1401-1428)は、途方にくれてパニックに陥っている人間の表情をみごとにとらえています。

「失楽園」フレスコ画部分 マザッチョ 1424-25年(Santa Maria del Carmine, capella Brancacci, フィレンツェ)

顔を手で覆っているのですが、男はあきらかに泣いている。我が身にふりかかったおもわぬデキゴト・・・全身から力が抜け、途方もなくさまよい歩く。

ニューヨークのテロ事件(2001.09.11.)のとき、CNNのインタビューに、男性が半身を返し、泣き顔で答えていました。「I can't say anything. Hit the building ?! .... no.. I CAN'T SAY ANYTHING...」それは、600年前にマザッチョがえがいたのとまったくおなじ姿・・・

マザッチョのえがいた線はまだすこしカタイかもしれない。しかし、どんなに魅力的にえがかれた人物像よりも、マザッチョのアダムとイヴは完璧にパニック状態を表現している。

ちょっとすっとびますが、ソ連時代のニコライ・ロマジン(1903-1987)もまたそういう意味で、自然の微妙な表情をたくみにとらえた風景画家です。

「ラースト・ライト」 / ニカライ・ロマジン / 1945年 / トレチャコフ美術館

日没のさいごの瞬間に、バッと燃えるように照らし出された針葉樹林。オ、イエ〜ス、、ラスト・ライト!岸辺にはたきび、下の黒っぽくみえる部分は湖で、残照に輝く針葉樹が湖面に映しだされています。 ヘタしたら記念写真みたいになってしまう一瞬を、ロマジンはサラッととらえている。

マザッチョの「永遠のパニック」、ロマジンの「永遠の残照」・・・

なにがそこに描かれているか、どういうふうに描いているか、、そんなのはたいして重要じゃない。ナニカがつたわってくる。もしそのナニカがなければ、、それがどんな最新の技法を使用していようが、けっきょくなんのイミももたない。与えられた条件のなかで、ゆるされるかぎりの才能を駆使して、アーティストはよりすばらしい作品を創造しようとしている。

パスタパンがない??鍋で茹でりゃいいじゃん。イタリアンパセリがない??みつばでいいよ。。作り方も、素材も、なにを作るかも、あんたの勝手にやって、、、でも、、おいしくなきゃ、食べないよ〜

ちょっと飛躍か〜、、、、

(2001.10.28.)(2004.12.15. 見回り)

かんれんファイル

■ マザッチョ
■ ニコライ・ロマジン

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