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マンテーニャの『キリストの死』

アンドレア・マンテーニャ
Andrea Mantegna 1431-1506 Padova-Mantova

Vittorio Sgarbi 評訳

Mantegna1961年、マントヴァのアンドレア・マンテーニャ展に10万人のひとがおしよせた。専門家から『やじうま』まで含めて、これだけの人を集めたのは、古典美術の展示会としては前代未聞だった。それは、『イベント社会』と社会学者が名づける現象のさいしょだった。

その3年前にヴェネツィア派の画家フランチェスコ・ティマフェイの展示会がヴィチェンツァであったときは、950人の観覧者だった。もちろんアーティストの知名度からすると、ティマフェイはマンテーニャにはおよばない。それでもティマフェイの展示会は見るだけの価値のあるものだったし、ヴィチェンツァもマントヴァも、おなじく文化的観光スポットとされる地方都市だ。なんだってこんなにもたくさんのひとが、マンテーニャ展におしよせたのだろうか。

まず、ブレーラ美術館(ミラノ)にあるマンテーニャのもっとも有名な作品のひとつ『キリストの死』を見てみよう。ここに、すべての『鍵』がある。マンテーニャの『キリストの死』の前に立ってみる。この作品は、ギリシャの『パルテノンの大理石』、ボッティチェリの『プリマヴェーラ』、レンブラントの『夜警』、ヴェラスケスの『ラス・メニーナス』、ピカソの『アヴィニョンのマドモアゼル』に匹敵する、ヨーロッパ具象芸術の傑作作品のひとつだ。

象徴的で大胆な描写は、マザッチョ、ピエーロ・デッラ・フランチェスカ、カラヴァッジョを凌ぐといっても言いすぎではない。作品の質、技法の斬新さについて言っているのではない。えがかれているのが、すべてのひとに共通な場面(経験)なのだ。『キリストの死』から発せられる神秘さは、マンテーニャのことを評価しないひとの心にも迫ってくる。死をめぐる人間の思考を踏み越えた『苦痛』と『人間性』と、そして同時に『人間を超越したなんらかの力』についてうったえかけてくる。

しかしこれが、『キリストの死』のもっとも注目すべきポイントではない。では、なにがわたしたちに感銘を覚えさせるのだろうか。それは、目のまわるような遠近法のテクニックをつかいこなしてマンテーニャが表現した『人間の情感』なのだ。わたしたちはキリストを下から上に向かって見る。すると、当然キリストのからだはペシャンコに見える。これが、わたしたちに『苦痛』を感じさせる。モディリアーニの長い首がそうだ。『長い首』は、いまにもこわれそうなデリケートな美しさを感じさせる。

『キリストの死』にわたしたちが見るのは『抑圧感』であり『圧迫感』だ。足にまといついたシーツ、わたしたちに向かって突き出された裸足が、そのことをいっそう強調している。聖母マリアと聖ヨハネは、左側のすみっこにちょっとだけえがかれている。だが、彼等の癒しようのない肉体的な苦痛をわたしたちが感じとるには、それで十分すぎるほどだ。

こうして、マンテーニャが描いたキリストからわたしたちは『死』をイメージする。虐待を受けたゲバラ(Ernest Che Guevara 1928-67)の有名な写真を見るときも、おなじように殺されたポピエルスコの両親の苦痛を、『キリストの死』の聖母マリアと聖ヨハネの表情から感じ取る。

疑いようのない現実とそれが象徴しているもの。すべてがマンテーニャの頭のなかにあった。手と足にぽっかり開いた釘の穴は、血が乾いてしまっている。石のようになった腕はなおなにかを語りかけてくる。その先っぽにある手のかたちは、まるで幾何学の即興だ。『キリストの死』の構成すべてが、まるで建築物のように計算されて『苦痛』を表現している。

マンテーニャが描いたこの悲劇には、ある種の計算された完璧さがある。キリストのからだは石のようになっているのに、そこには優しさが感じ取れるのだ。現実の『死』なのに、そこには生命が宿っていて神々しい自然の力をさえ感じさせる。えがかれた現実のむこう側に、たしかになにものかを感じるのだ。

わたしたちの単純な頭には宣伝文句がすぐにいすわってしまい、ものの見方などはカンタンに方向づけられてしまう。そのことをおもうと、マンテーニャの『キリストの死』のように、これだけの秘密を隠しつつ、なおかつそれをいつまでも失わないでいられるすぐれた作品というのは、めったにないことを認めないわけにいかない。

(2000.12.26. 訳)(2002.09.05. 点検)

※ ファイル中の画像:「キリストの死」1500年 画布 ミラノ・ブレーラ美術館

※ 原著: "Il Sogno della Pittura (Marsilio)"

アンドレア・マンテーニャ作品
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/m/mantegna/

マンテーニャかんれんファイル

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