EKAKINOKI

1400年代ヴェネツィア大工房のあるじ

ジョヴァンニ・ベッリーニ
Giovanni Bellini 1433?-1516? Venezia

Ponte dei Sospiriベッリーニの父ヤコポ・ベッリーニの素描集がルーブル美術館などに残されていますが、そのデッサンはひじょうに力強く、イキイキとしています。ヤコポは当時から、「素描の名手」と詠われていました。

そのヤコポ・ベッリーニに、兄ともども、ベッリーニはヴェネツィア画派の伝統を徹底的にたたきこまれました。

父ヤコポ・ベッリーニ(Web Gallery of Art)
Jacopo Bellini 1400年?−1470/71
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/b/bellini/ja..

兄ジェンティーレ・ベッリーニ(Gentile Bellini 1430-1507)

ジョヴァンニ・ベッリーニ(Web Gallery of Art)
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/b/bellini/gio..

マントヴァのゴンツァーガ公宮廷画家だったマンテーニャ(1431-1506)はベッリーニの義理の兄弟にあたり、彼からもきっといろいろ学んだことだろうとおもいます。

Belliniベッリーニが40才ぐらいのとき、すでに大工房のあるじとして「伝統の継承者」を自負していたころ、放浪の画家メッシーナがヴェネツィアにやって来ました。1474〜76年にかけてのことです。

このシチリアの画家がヴェネツィアに持ち込んだのは、フランドル派の現実感覚と、光の強弱が強調され奥行きに満ち満ちた「油彩」による表現技法でした。ベッリーニはいたく刺激された。

1483年、ヴェネツィア共和国名誉作家。名実ともに1400年代ヴェネツィア派の重鎮です!ベッリーニの工房からは、ロレンツォ・ロット、ティツィアーノなど数々の美術界のスーパースターが育っていきました。

80ぐらいまで生きたベッリーニの生涯でもうひとつ注目したいのが、ジョルジョーネ(1477-1510)との出会いです。1500年代初頭・・・・・33才で夭折するジョルジョーネのごくかぎられた活動期間が、ベッリーニのそれと重なっています。

Bellini共和国公認画家でヴェネツィア画壇のリーダー格だったベッリーニにとって、ジョルジョーネはほんの若造です。それでもかれらはさかんに議論をたたかわせていたのですから、ジョルジョーネはすでにそれだけの内容をもっていたにちがいありません。

それで多いに気になるのは、いったいどんなことをはなしていたかってこと!!??

「注文がある宗教的なテーマばっかじゃなくて、、もっともっと身の回りのモノを描かなくっちゃあ。。」とか、、ジョルジョーネはそんなことを言った、、、??

ベッリーニが死ぬ一年前に描いた「裸婦像(右画像)」があります。ちょっとかたいなぁ〜なんておもわないでもありませんが・・・いままでに使ったことがない方法に取り組み、つねにより新しい表現をまさぐっていたベッリーニの熱い情熱のようなものがつたわってきます!

「いつも新鮮な発見があるから、絵を描いているのがたのしいんだ。。」・・・・・ベッリーニ、きっとそうつぶやいていたにちがいない。

※ ファイル中の画像: (上) 嘆息の橋(Ponte dei Sospiri)(写真提供:山科真白さん) (中) 作品部分:Gallerie dell'Accademia, Venezia / 1500年ごろ (下) 『鏡をみる娘』/1515年/Kunsthistoriches Museum(ウィーン)

BBSより

※ 文中最後尾にあった記述について質問を受けました。 → 「いつも新鮮な発見があるから、絵を描いているのがたのしいんだ。。」・・・コレ、ベッリーニ本人のことば。

wtさん 2008.11.01

こんにちは!とても充実したコンテンツで、舌を巻くばかりです。一つ質問をよろしいでしょうか。実は今、ジョヴァンニ・ベッリーニについて少し調べているのですが、彼のページに「・・・絵を描くのがすきなんだ」という本人の言葉が引用されてますよね。その言葉はどのテキストから引用されたのでしょうか。とても興味深いので、是非参考にさせていただきたく、書き込ませていただきました。私は英語、イタリア語、フランス語でしたらほんの少しだけ(本当に少ーしだけ)親しみがありますし、海外の文献の入手方法も心得ておりますので、そちらの文献でも構いません。といっても私はプロではありませんし、この書き込みは冷やかし等ではございませんのでご安心下さい(笑)。どうかよろしくお願い致します。

ekakinoki 2008.11.05

はじめまして。状況証拠から推理した(=口からでまかせ)・・・とおもったのですが、チェックしたら「ベッリーニのことば」って書いてある!えっ。とすると、そこここに書かれている著名史実?けど、あのころどの本(イタ語)を読んでて、というとこまではおぼえてない。それ以上調べる気もいまはナイ。ごめん。だけどそう言ったにちがいない、とおもいません?ハハ。ベッリーニ、きらいじゃないんですよ。ちょっとね、最近ルネサンスからはなれてる。あ〜〜ヴェネツィアいきたい。。これからもよろしくね。(もしかしてヴァザーリ?んなわけないか。これもいましらべる気なし。)

wtさん 2008.11.06

ek様 御返答をありがとうございます。私もベッリーニならそう言ったかもしれないと思います。その言葉をekさんからお聞きできただけで、ekさんがベッリーニに関して多大な理解を得ていることをお察し致します。また度々訪問させていただきます。これからもこのサイトのご盛況をお祈りいたします。

※ とりあえず以下のように書き直しておきました。
「・・・コレ、ベッリーニ本人のことば。」→「・・・ベッリーニ、きっとそうつぶやいていたにちがいない。」
(あらためて思い返すと、やはり口からでまかせ、な気がする。)

ベッリーニのファイル

□ 1400年代ヴェネツィア大工房のあるじ
■ ベッリーニ展

(2000年)(2002.03.20. 見直し)(2004.11.01. 見直し)(2009.01.07. BBS-comments)

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