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ヴェロネーゼの法廷証言

Paolo Veronese(Paolo Caliari) 1528-88 Verona-Venezia

Vittorio Sgarbi 評訳

veronese聖テオドロ礼拝堂には審問官が勢ぞろいしていた。教皇庁特使とヴェネツィア大司教のかつら付きの真っ赤な法衣が目を引く。書記官が入室してきた男をじろりとみらむ。視線がいっせいに画家に注がれた。法廷のまんなかで不動の姿勢で立ちすくむ長身の男は、緑色の、薄いシルクの正装で、前をはずした上着から真新しいシャツがみえている。書記官「もうすこしこちらへ。パオロ・カリアリ、通称ヴェロネーゼですか?職業を言ってください。」以下、裁判官とヴェロネーゼの応答。

「画家です。」
「ここに呼ばれた訳を知っていますか?」
「いいえ、シニョーレ。」
「想像がつくかとおもいますが。」
「想像ならつきます。」
「想像していることを述べてごらんなさい。」
「わたしが描いた「最後の晩餐」のなかにいる犬のかわりに「マグダラのマリア」をかくように、閣下が、聖ザニポロ修道院長をとおして、わたしに申し付けたと伺っております。できなくはないと申したのですが、やはり「マグダラのマリア」はどうもうまくない。主キリストの足に香油をつけようとしてテーブルクロスの下に頭をつっこんでいるように見えます。」
「あなたが描いた絵はなにをテーマにしているのですか?」
「使徒たちと共にする、キリストの最後の晩餐です。」
「この晩餐のなかで、鼻から血を出している男はいったい何を意味しているのですか?」
「召し使いです。たまたまどこかにぶつかったんです。」
「ふたりのドイツ人兵はいったい何のために?」
「司教審問官。申し述べたいことがあります。」
「どうぞおっしゃってください。」
「わたしたち画家は、詩人や気狂いが考えているようなことを描くのです。階段のそばに、食いほうけているひとりの兵士と、飲んだくれているもうひとりの兵士を描きました。警護です。金持ちで名士ならそういう使用人がいるのは当然のことのようにおもえました。」
「九官鳥を手にしている滑稽な男がいますが、これはなんで描いたのですか?どういう効果があるのです?」
「このシーンの飾りです。」
「食卓にはだれがすわっていますか?」
「12人の使徒です。」
「聖ペテロはなにをしているのですか?」
「小羊の料理を切り分けて、招待された客にふるまおうとしています。」
「その隣にいるのは?」
「料理を分けてもらおうと、皿を手に待っています。」
「聖ペテロの隣にいるもうひとりは?」
「フォークで歯のそうじをしているところです。」
「この晩餐にどんなヤカラがえがかれているのか、ほんとうに分かっているのですか?」
「キリストと12人の使徒です。まだ絵のなかに余裕があればこのほかにも人物像を描き加えたいとおもっています。」
「ところで、晩餐のなかにドイツ人やら滑稽な人物やらその他かぞえきれないばかばかしさを描くことを、だれかが悪ふざけで示唆したのですか?」

裁判官はいらだたしげに、平然と裁判を補佐していた異端審問官に視線を移した。

「司教審問官、わたしにはアイデアを与えてくれる人は必要ありません。しかも非常に大きい作品です。自分のなかから湧いてくるインスピレーションだけがたよりです。できるかぎりのことはやりました。」
「制作するとき、いつも、主題にそって描くのですか、それともまったく自分のファンタジーに忠実に描くのですか?」

三人いる異端審問官のなかで唯一無表情にメモをとっていたニコロ・ヴェニエールが、画家がどのように答えるかと、顔をあげた。

「わたしは、自分自身の内からの声と理性に従って作品を描きます。」
「その結果、キリストの最後の晩餐というのは、滑稽な男や酔っぱらったドイツ人、犬、九官鳥を手にした小人、そのほか種々さまざまな下卑たやつらが登場するってことになるのかね?」
「司教、それはちがいます。」
「ドイツや、そのほか異端者のいる地方では、ローマ教会を侮蔑するような絵に描いている。そうやって馬鹿なやつらに最悪の教理を教え込んでいるということを知っているかね?」
「司教、それは存じています。「最後の晩餐」を制作するにあたって、巨匠たちに見習っているということを、わたしの信仰心を証明するために申し上げます。」
「その巨匠たちはなにをしたのかね?」
「ミケランジェロはローマの教皇礼拝堂で、キリスト、聖ペトロ、聖ヨハネ、聖人天使のヌードを描きました。尊敬を欠いているのではないでしょうか。」
「ミケランジェロが描いた「審判」は、服を着ているかいないかが問題なのではありません。魂に訴えかけている作品です。犬や軍人やそのほかわけの分からない滑稽な人物はでてきません。あなたの「最後の晩餐」を弁解するための適当な例だとおもいますか?」
「司教審問官。なにも弁解しようとはおもっていません。わたしにできるだけのことをしただけです。小人ひとり、ふたりの兵士がそんなに「最後の晩餐」をだいなしにするとはおもいません。そもそもこの人物たちは聖なる晩餐をしている場所のなかにはいないのです。御覧になればお分かりのこととおもいますが、そこから離れた外側にいます。」
「言っていることがまったく理にかなってません。最悪の狡猾野郎。厚顔な異教徒のしるしが顔にでています。聖ザニポロ修道院、教会にとって、作品は正道を踏み外し神を冒涜するものと裁判所は審判をくだします。3ヶ月以内ににこの作品を修正しない場合は、さらに厳しい裁きをくだすものとする。修復にかかる費用はすべて自己負担とすること。異議はありますか?」
「ありません。退出してもよろしいですか?」
「許可します。」

※ 原著: "Il Sogno della Pittura (Marsilio)"

(2000. 訳:審問の部分はネーリ・ポッツォ編)

ヴェロネーゼのファイル

■ ヴェロネーゼの「最後の晩餐」
■ ヴェロネーゼの法廷証言

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