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2階にあがりハシゴをはずすのがポントルモ流

Jacopo Pontormo 1494-1557 Firenze

ジャーナリスト、ヴァザーリにとって、ポントルモはネタになりやすかったろうな、とおもいます。(笑)

で、さっそく1568年のヴァザーリのレポート。

ケチで、質素で、倹約家で、マメ。自分のまわりのことを自分でしないと気がすまない性格。 それでいて・・仕事にかんしてはまったくの気紛れ屋。

おおきな家に住み、2階のアトリエにそそくさとあがっていくと、 はしごを滑車で引き上げてしまって、誰にも会わない。

ポントルモの作品を欲しがる紳士連中がたくさんいるのに、 気が向いたときしか仕事をしない。かとおもうと・・つまらない人物に二足三文で作品をあげちゃう。

んんん、、、、、こういうひとって、みようによっては、すごく誠実なヒトにもおもえるんですけど。

でも、はしごか〜。かんがえたな〜。やってみた〜い♪


ポントルモ自身(「キリスト降架」より)

はい、では、ひきこもりポントルモの原因究明をしてみます。(笑)

まず、ポントルモは、苦難の幼少期を過ごしました。グスン


祖父がトスカーナ地方エンポリ(フィレンツェのそば)近郊ポントルメの靴屋でした。

ポントルモは5才のとき父親(画家)を、そのすぐあとに母親を、祖父を、とつづけて亡くしました。孤児。

母方の祖母のところにしばらく寄せてもらい、そのあと靴屋のツテを頼って14才のとき、フィレンツェのピエーロ・ディ・コジモの工房にはいりました。

レオナルドもミケランジェロもバリバリのころのはなしです。

20代半ばですでに画家として相当な評価を受けたポントルモは、ミケランジェロにベタ誉めにされ、メディチ家からの依頼もはいりはじめました。

やったね、ヤコポ!


『キリスト降架図』1526-28年 Santa Felicita, Cappella Capponi, Firenze

明るくてシュールな色づかい。ふつうの人間のふつうの感情・・ポントルモの描写には「構えた」ところがないとおもいませんか?庶民的ですよね〜。

ポントルモの「ひきこもり」がはじまったのは、30代半ばでした。

お〜い、ドクター、このひと分析してくださーい。


ちなみにポントルモの名前ですが、通常「ヤコポ(Jacopo)」と日本語表記されます。えかきのきファイルでも一応これにならいます。

ただ、仮にこれがイタリアの役場に登録された名前なら、イタリア語で「ヤコポ」は日常会話的には「Giacopo(ジャコポ)」、文語的には「Iacopo(イアコポ)」ですね。じっさいヴァザーリの著書では「Iacopo Carucci detto Pontormo」となっています。

表記の仕方は「表現者の立ち位置」でかわってきます。英語ならミケランジェロはマイケルアンジェルです。(笑)もっとも、ポントルモはトスカーナ人でしたから、「オレはハコポだ」だなんて言うかもしれませんね。(冗談)

(2000.11.29)(2002.08.27. 見直し)(2003.01.12. 点検)(2004.02.10. 点検)

ポントルモかんれんファイル

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ローマ訪問とポントルモさいごの挑戦
ポントルモの日記
フィレンツェのポントルモ作品
驚愕のデュオ展、ロッソとポントルモ!

かんれんファイル

エキセントリックな先生アンドレア・ デル・サルト
ピエーロ・ディ・コジモ/オヤイモ美術家


BBSより

ちゅん吉さん 2008.03.21.

マニエリスムで検索してたどり着きました。
ケレン味のない、すっきりした美味しい水のような解説、楽しめました!!
ポントルモ、大好きです。周りに知ってる人がほとんどいないので淋しいです。
ウルビーノのビーナスを見に行ったら、ポントルモの「ヴィーナスとキューピッド」があり、感動しました。

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