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ジョルジュ・ルオーのルーツ

Georges Rouault 1871-1958

ルオーのルーツはどこらへんなんだろう?

Georges Rouault

1935-36年ごろ 受難・キリスト・この苦しみ

まったくフランス的じゃないよね。色彩といい、世界といい、テンペラメントがちがう。むしろ、アルメニアとか、中央アジア出身のアーティストに似ている。

ルオーは、パリ・コミューンの市民戦争のまっさいちゅうに生まれた。

ルオーの母方のおじいさんは、セーヌ河畔の古本市でマネ、クールベ、ドーミエなどの版画をあさっていた。画家ルオーはこのおじいさんの影響を受けている。この祖父がもしアルメニア系だったらすんなりいく。ところがこの母方の家系は「ずっとパリよ。」ってかんじなのだ。

14才のとき、ルオーはステンドグラスの工房に入った。そうか!ビザンチンか。ステンドグラスっていや、ビザンチン美術だろ。


ボザール(美術アカデミー)に入ると、象徴主義の画家で教授だったギュスターヴ・モロー(1826-98)に可愛いがられた。(のちにギュスターヴ・モロー美術館ができたとき、ルオーが初代館長になってる!)

同期生にはヴュイヤール(1868-1940)やマティス(1869-1954)らがいて、のちフォヴ(野獣派)の創設にもルオーはかかわっている。

象徴主義の幻想的な傾向やフォヴの大胆さがルオーの画風を後押ししたとは考えられるが、画風だよ、画風。あの世界はいったいどこから来てるんだ?

Georges Rouault

1925年ごろ 見習い職人 (ポンピドゥ・センター)

一方、家具職人だったルオーの父親はある宗教家に心酔していた。その影響か、ルオー自身もカソリックを堅く信奉していた。

しかし、画風とはかんけいないよな。

父方の家系はケルト民族(ブレターニュ地方)の血をひいている。うっ、ケルトかぁ!?まさか〜〜。北欧というより中東だろう。

う〜〜ん、ますますわからない。


ルオーは、つねにきわめて敬虔で、きわめて孤高を保っている。近代的な美術館の無味乾燥な壁より、古ぼけた教会か道ばたのほうが似合っている。

もしかすると、ルオーは「キリストを描く」というより、「お地蔵さん作り」をしていた?かもね。

ルオーはルオーか。。ルオー派ルオー。きまり!

(2002.04.03)

※ ルオーは、けっこういろいろなところにあるとおもいますが、たとえば、ブリヂストン美術館/清春白樺美術館(山梨県)などでもみられます。

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