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ボローニャの禅僧 ジョルジョ・モランディ

Giorgio Morandi 1890-1964

若いころのモランディは、セザンヌや未来派の影響を受け、きわめて幾何学的な抽象画を描いていました。現在わたしたちが思い浮かべるような静物画を制作しはじめるのは、1920年ごろからです。

Google検索より

モランディはアトリエにこもると、ガラス瓶をじいーっと見つめていました。

「ガラス瓶は、ほんとにここにあるの?見ているんだから、存在してるんだろう。じゃあ、存在している、とはどういうことだ?」

「わたしが見ているのは、ほんとうはなに?ガラス瓶をつくりあげている砂粒子の塊?それとも光による陰影?ガラス瓶とガラス瓶のあいだの関係?もしかして空間のヘコミ?」


モランディがなにを自問し、なにを思考していたか、知るよしもありません。しかし、モランディが描き上げた作品から推測されるのは、なにかしら、これに近い、禅問答があったのではないか、ということです。

じっさい、モランディのガラス瓶は、色彩においても色調においても、ものの形が背景と同化していき、両者のあいだの境目のようなものがだんだんと消えていきました。

ものを描くというよりも、ものが置かれている空間のリズムとハーモニーをとらえている。

さらに、瓶と壷とパンは、もはや瓶でも壷でもパンでもなく、モランディの心の揺れそのものになっていく。それは、けっして固定されることなく、つねにユラユラとうごめいています。

これって、粒子論の世界じゃないの?


禅僧モランディは、ボローニャのアトリエかグリツァーナの避暑地からこれっぽっちもうごかなくなります。モランディの展示会嫌いは有名ですが、画壇からは、もはや遠いところにいました。そのかわり、モランディは、たぶん欲しいものを手に入れた!

ちょっとシャルダンをおもいだしますね。シャルダンも、ひたすら静物を描きつづけました。そう言えば、セザンヌがシャルダンに惹かれていたそうです。

Jean Baptiste Simeon Chardin 1699-1779

ちょっとクサイ言い方かもしれませんが、自己の内面と向き合っていたという意味で、この3人は、もしかすると似ているかもしれません。

(2001.10.06. 点検)(2002.09.13. 見直し)(2004.03.22. スフォルツェスコの作品画像追加)(2016.03.25 見回り)

モランディのファイル

モランディ展
スフォルツェスコ城美術館のモランディ作品
ルーブル美術館のシャルダン静物画

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