EKAKINOKI

クリムトと金箔

Gustav Klimt(1862 - 1918)

尾形光琳(1658-1716)の『紅白梅図屏風』を分析したら・・・・・

「金箔とおもわれていた部分がじつは金粉をにかわで溶いた金泥のようなもので、金泥だけでは金色が出ないために、下地に黄色の有機染料が塗られていた。銀箔とおもわれていた部分は藍などの有機染料だった。」

みたいなことが、朝日新聞 (2004.02.19.)にでていました。「どうだ、、わかんねえだろ。。グフフフフ」=「技量」みたいなとこもあったんじゃない?金箔を塗っちゃったほうが手間暇オカネがかからない、ってもいうんだから・・・

(BBSから引用)

えかきのき 2004.04.15.

ところで、、クリムトがつかった金箔色って、「きんぱくぅ〜」って言うよりけっこう地味な色ですよね。わるくない。もともとああいうふうだったんだろうっておもうんですが・・・それともクリムトが描いたときはピッカピカだったりして・・・どうおもいますか?

TOMさん 2004.04.15.

よくわかりません。 本物の金箔なら色あせることないと思うのですが。 だから、当時はピカピカでしょうね。他の金箔と同じく。カゼイン塗料とのなにがしかの化学的変化とかあるのかな?

ミンチカさん 2004.04.16.

クリムトの金箔はもちろん純金箔と思います。金色した真鍮箔なんかとんでもない色に変色しますから通常絵には使いません。金箔部分はピカピカの部分と(兜なんかそうだったんじゃないかな?)色かけたしぶい金色とに当初から描き分けていたのでないでしょうか。いずれにしてもピカピカも時が経つと空気中の汚れが付着して渋くなります。日本の古い金の仏像と同じ感じです。

TOMさん 2004.04.16.

クリムトの黄金の謎。なるほどです。しかし、それにしても、金箔貼りってとんでもなく難しいですよね。私なんか勝手に独学でやってみようとしたら泣き泣きになってしまった。鼻息で一巻の終わり(笑)

ミンチカさん 2004.04.17.

去年の兵庫県立美術館のクリムト展を観に行った時のことを思い出しながら、どうだったかな〜。と、、、。

油彩や石膏の下地に金箔を張っただけではピカッとは光らないので、(金箔がピカピカ反射する為には鏡のような平らな下地が必要)ピアピカ部分だけは金地テンペラかもですね。クリムトの作品によって色々だけど、たしか、カゼインテンペラ、ミックスメディアとか表記があったので。そして又、クリムト自身が金箔を張ったかどうか、、、どうなんでしょう。

金箔押す時はマスクしましょうね。 ブハーッ。

TOMさん 2004.04.17.

おおっ!そうか、そうだったのか!!! (○○)  〃ヾ
ぷほ〜っ

マジに目からウロコ(笑)

(BBSから引用おしまい)

でもクリムトはなんで金箔を用いたんでしょうね・・?あるクリムト評( )にこんなのがありました。(以下要約)

「ビザンチンを想起させるような金箔をクリムトがつかったのは、技法上でてきたというより、虚飾に満ちた当時の社会のいっさいがっさいの象徴として、やがては捨て去られ、生まれ変わっていく『殻』のようなものとして、ああいうふうに描く表現上の必要性があったから。」

あるクリムト評:イタリア語ですが、クリムトの顔写真とかもでてるよ。
http://utenti.lycos.it/ilpozzodicaino/Aklimt_gustav.htm

(2004.04.23.)

※ ファイル中のクリムト作品: 「アデーレ・ブロッホ=バウアー I」 1907年/Osterreichische Museum fur Angewandte Kunst, Wien

クリムトかんれんファイル

■ クリムトとメドゥーサ
■ クリムト、シーレ、ココシュカはウィーンの三羽烏

ART INVESTMENT RUSSIA SOVIET ITALY JAPAN