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スフォルツァ家の由来

ミラノにある城は「カステッロ・スフォルツェスコ」で「スフォルツァ家の城」という意味。

ミラノの象徴とも言える「へびの紋章」はなんなの?

スフォルツァよりもっとおっかなそうなヴィスコンティ家もヘビの紋章なはずだけど。

Castello Sforzesco

スフォルツァ家の紋章

5、6世紀の民族大移動ころ、東ヨーロッパあたりからロンゴバルド族が大挙して押し寄せた。一時はイタリア全土に広がる勢いだった。

これが、ロンバルディア地方の名の由来。

ただ、ロンゴバルド族の根城は、パヴィアにあった。(パヴィアにはいまもヴィスコンティ城があります。)

ミラノが栄えはじめ、1200年代にヴィスコンティ家がミラノの統治者となる。

1447年、ヴィスコンティ家の男子継承者はフィリッポ・マリア・ヴィスコンティで途絶えた。

フィリッポ・マリアは存命中、忠実な部下だった農民出身の傭兵隊長フランチェスコ・スフォルツァをクレモナの領主にし、娘ビアンカ・マリアと結婚させる。

そっかー、、そういうことだったのかーーー!

フィリッポ・マリアが死ぬと、ミラノはいったんアンブロジアーナ共和国(共和国!)となるが、これは長続きせず、けっきょく、フランチェスコ・スフォルツァが統治者として迎えいれられた。

これが、ミラノにスフォルツァの名前が残っている理由。

それで紋章ですが、上はカステッロ・スフォルツェスコにある「スフォルツァ家の紋章」。

「ヴィスコンティ家の紋章」は、もっとなまなましい。

ヴィスコンティ家の紋章

「ヘビに食べられそうになっていたコドモを救った」とかいうヴィスコンティ家の伝説からきてるみたいです。

映画監督のヴィスコンティも、末裔だという認識だけど。

(2001.07.20.)(2002.08.18. 見直し)(2004.02.27. 見直し・画像入れ替え)(2004.11.04 見回り)

かんれんファイル

■ スフォルツァ家が外国に攻められたワケ
■ ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ

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