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中世のイタリア半島縦断路

イタリア半島を縦断するには、鉄道でも高速道路でも、いまはほとんど一直線ですね。

ミラノ、ボローニャ、フィレンツェ、ローマ、ナポリ。

でも、中世は、移動経路がちょっとちがっていました。

まずモデナ、ボローニャを通って、いったんアドリア海をめざします。

イーモラ、ファエンツァ、フォルリを抜けるとアドリア海。こんどは海岸沿いにペーザロまで行きます。

それからウルビーノへ向かって内陸に入り、フィレンツェ、ローマ。

むかしは、大きな河川沿いに町が栄えたというのもひとつありますね。

現代の移動手段は鉄道や車ですから、それにふさわしい道路があらたに建設され、かつてあった道は忘れられるかすたれるか・・・

どこの国でもおなじです。

フランス、スペイン、神聖ローマ帝国の軍隊がイタリア半島を縦断していったときもこの経路。

この道ぞいは「重要な要衝」であったとともに、兵隊たちの乱暴強奪を受けました。戦争に参加した見返りです。

イタリア半島は、歴史上、数限りない異民族の侵略を受けていますから、現在まで残っている美術品というのは、まさに奇跡ですね。

(2001.08.08.)(2002.08.08. 見直し)(2004.11.12. 見回り)

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