EKAKINOKI

巨大竜にエサを与える

ポロックの例

グッゲンハイム美術館展(BUNKAMURA:2004)にきていたジャクソン・ポロックのふたつの作品 − 「ふたり(1943-45)」「割礼(1946)」 − をみていて、ふたつの作品の表情のチガイに、しばしたちどまった。

年代的には、キャンバスを床の上に敷いて、絵の具をバチャバチャッ、、タラタラ〜、、した「アクション・ペインティング」の一歩手前の抽象表現。(ポロックの「絵の具たらたら」は1947年〜とされています。)

「ふたり」という作品は、味はあるけど、描きおわってすぐさま強い酒をググッとあおったポロックがほうふつとするようなかんじで、色もくすんでいる。それにくらべて「割礼」のほうは、かなりハイ・テンション。んっ、、45年に結婚してロングアイランドに移り住んだんだったネ。

こういう作品を前にすると、、ポロックはたしかに躁鬱がはげしい、テンペラメントなアーティストだったんだなぁって、おもわずにいられない。。そしてアーティストの性格は、とーぜんながら、そのアート表現をも決定づける。

ポロックは、「アクション・ペインティング」という方法で絵画表現を爆発させた。しかし、、「爆発させたあとの表現」について、、ちょっとたちどまって、沈思黙考することはできなかった。ポロックはふたたび酒びたりになり、あげくの果てに自動車事故死(56年)。ポロックのあとにつづくアーティストたちが、爆発後の絵画の可能性をさぐっていくことになる。

ティツィアーノが、レンブラントが、セザンヌがそうであったように、ポロックが描き残したのもまた傑作にはちがいない。しかし、ポロックというアーティストに「爆発」はあっても「そのあと」がなかったように・・・つねに、傑作といわれるものもけっして「すべて」ではありえないし、そこでなにかが完結するわけでもない。

アートは巨大竜のようなもの。いろいろな時代のさまざまなア−ティストがエサをやるたびに、巨大竜はおもむろにたちあがり、あっちゃこっちゃのたうちまわり、いびきをかき、愛をささやく。。。げはげはげは、、

(2004.08.10.)

※ ファイル中の画像:「LIFE(1949.8)」より

ポロックかんれんファイル

■ エド・ハリスのポロック
■ ミロのポロック評

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