EKAKINOKI

キース・ヘリング

Keith Haring 1958-90

キース・ヘリングは1990年、31才のときHIVで死亡。

キース・ヘリングのことば・・・

なにも理由がなくて描く絵はサイコー。
なにも見なかったなにも読まなかったなにも知らなかった
ボクはそういうふうに描くのが好き。

(引用おわり)

ユニクロのTシャツにプリントされたキース・ヘリング(左)とジャン=ミシェル・バスキア(右)。

ヘリングは、こどもの頃から絵を描いて仲間たちをたのしませるのが好きだった。だから最初のころヘリングはマンガ志向がつよかった。それからアブストラクト(抽象画)を描くようになり、ひとがそこに好き勝手なものを見るのをたのしんでいた。

ニューヨークに越してきて間もないころ、スタジオでバカでかい抽象画を披露していたことがあった。22番街に面したスタジオのドアは開いたままになっていて、だれでもが気軽に入ってきて絵を見ることができた・・

そこでヘリングに作品の感想をお喋りしてきたのは、美術館やギャラリーにはまず行きそうもない連中だった。仕事も人生も、まるで異なるひとたち・・・ヘリングはそういう連中に、生命の、おなじような鼓動をおぼえた。そして、彼らと『絵』を通して話ができることが、たまらなく嬉しかった。

ヘリングのこのあとの軌跡を見ていると、この出来事は、ヘリングの『原始体験』になっている。ヘリングの観客は、そののち一貫して『その他大勢』でありつづける。

「どういうふうに作品を理解してくれてもかまわない。しかし『その他大勢』が理解できるものを描きたい。」「ひとに受け入れられ、いろいろな想像がそこに重ね合わされることで、作品はさらに力を増していく。」

2、3日、ときとして数週間・・いずれは消される地下鉄の『落書き』にのめり込んだのもそうだ。ヘリングの『落書き』に行き合わせる観客は、週末ごとにギャラリーを訪れる美術愛好家でもなければ、美術評論家でもなかった。

キース・ヘリングのことば・・・

なにかを描くとき、
ボクはいつもそれを見るひとのことを考える。
ボクがなにかを見るときも、
やはりそれを描いたひとのことを考えている。

(引用おわり)

ヘリングがなにを考えていたのか、まがりなりにもその一端にふれ、あらためてヘリングの作品に目をやっていると、突如としてそこに『アルタミラの洞くつ壁画』が出現した・・

3万年前にこの洞くつに居合わせた連中は、かつてヘリングがニューヨークの街角で言葉を交わした連中だ。あるいは仕事に疲れて地下鉄のシートに埋まりこんでいる労働者、これからディスコで出会うかもしれない男に想いを馳せる娘。

そしてかれらの前にあるアルタミラの『洞くつ壁画』は、ヘリングの『絵』!

(2003.01.23)

* このファイル中、キース・ヘリングの言葉などは【キース・ヘリング HP】を参考にしています。

* キース・ヘリングは、デュビュッフェとかポロックに影響を受けたといいます。


かんれんサイト

キース・ヘリング・キッズ!← じっくりと探検してください。
http://www.haringkids.com/

キッズじゃないならこっち↓。
http://www.haring.com/


BBSより

ミンチカさん

キッズバージョンのLoveページ最高。。。どっちのバージョンも今まで見たサイトの中で最高に楽しかった!完全に解き放たれてますね。。。彼の魂は。。。現実世界でも天国でも。今頃きっと天使と楽しく神様のおもしろい似顔絵描いて遊んでる。

えかきのき

ヘリングのサイトはとても気に入っていて、すこしすこしあそばせてもらっています。スクリーンセーヴァーもダウンロードしちゃいました。・・ああいうHP、作ってみたいよね。

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