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1930年ごろのイタリアのアーティスト

チェーザレ・カブラス
Cesare Cabras (1886-1968)

サルヴァトーレ・アントニオ・デムーロ著『光り、色調、大地に根ざしたカブラスの絵 (1989)』より抄訳

〜20才:家業の百姓に従事するなか、画才をめきめきとあらわす。

1905年:サルデーニャのカリアリで、富裕階層のために装飾事業をやっていたジュセッペ・コンチの工房にチェーザレを奉公に出すことに家族が決断する。

1907年:(チェーザレ22才)ローマ芸術学院に入学。
1912年:卒業。

1913年:ピエロ・ガウデンツィのアトリエで働きはじめる。
1915年:戦争の勃発とともに、家業の農業を助けるために帰郷。兄弟が召集され、「一家の収入減少」の名目でチェーザレは召集を免除される。

20代後半〜30代後半:戦争の終了とともに、山あいの、海に面した人里はなれた荒れ地に居をさだめる。画業のうえからも、もっとも幸福な時期。

1934年:ファッシズムが擡頭しはじめ、芸術界再編成の動きも彼には利した。この時期、画家はイタリアじゅうをくまなく旅行し、当時の重要な展示活動に参加。

イタリア植民地政策のプロパガンダのために、他7人のアーティストとともにリビアに派遣される。画家の故郷によく似たアフリカの風景を描くことによろこびをみいだしていた。

第二次大戦後:ポスト・キュビズム、ピカソ派をはじめ、さまざまな流派がイタリアで闊歩するなか、カブラスは頑として抽象画家、批評家にたいし自身の立場を堅持する。そのために、画壇からしだいに遠のくことになる。

1968年:没。

かんれんファイル

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