EKAKINOKI

映画『レンブラントへの贈り物』

シャルル・マトン監督/1999年/仏独蘭
Rembrandt Harmansz van Rijn 1606-69

Rembrandt Saskia資産家の女性と結婚してまあまあに暮らしていたのが、その奥さんが他界するとじょじょに、そして晩年はまがうことなきスッピンピン。なーんにもない寒々とした部屋の中で、老いたじぶんの顔をなんべんも描いては、それを見て人生をかこっていた(グチっていた)。・・・実利的ではあったけれど、結果的にはあまり冴えなかった中年男・・・レンブラントにたいしてそんなイメージをもっていたのですが、ぜんぜんちがうじゃーん!

映画で見るかぎり、レンブラントは、豪放ではなかったかもしれないけれど磊落(らいらく)そのもの。偏見がない分、誰とでもおつき合い(ユダヤ人だろうが貧乏人だろうが)。お金には頓着しない。頓着しないどころか、おんなのためには『ないお金』までジャンジャンと使ってしまう。老いたレンブラントの自画像だって、人生をかこってなんかいなかったよ。「でけたでけた、これだよこれ。」と、さいごまで悦に入っていたにちがいない。・・ヨーロッパの農民にはよくいる、典型的な楽天家タイプだった。

そんなニンゲンが、「理想を演出するなって。美しさとはあるがままの姿なのよ。じぶんのまわりをまずよく見な。」「アートは現実逃避じゃないんだってば。」なんて言うのですから、これには説得力がある。(もちろん映画のなかのことなので、どこまでほんとにレンブラントが言ったことなのか、レンブラントが言ったことを現代風に解釈しただけなのか、脚本家の創作なのか、そこまでは分かりません・・)

レンブラントは、『虚飾だらけの現実からその虚飾をはぎとった姿』を描きたかったのです。レンブラントが言う『あるがままの姿』とは、『本音』のことです。『人生の本音』。

なあんだ、1600年代の画家が追い求めていたものと、わたしたちが追い求めているものと、なんのかわりもないじゃない。そういうことなら、ジョットもレンブラントもピカソも、シェクスピアもプーシキンもみんなおなじだ。

レンブラントのような、バリバリのリアリズム(具象)画家からこういう言葉を聞くと、やれ抽象だやれ空間主義だといった『表現様式』というものにたいする考え方がぶっとんでしまいます。いまさらながら、なんだなんだ『様式』なんてのは描くための方便にすぎないじゃないか・・です。

もちろん『本音』というのは、時代によってもちがいます。おなじ時代でも個人差がある。ジョットが暴いた『本音』とピカソの『本音』がおなじであるはずがない。レオナルド・ダ・ヴィンチの『本音』とレンブラントの『本音』はちがう。ジョットの時代にタイムスリップして、じぶんがそこで生きることを考えれば(行ったまま帰ってこない)、そのことは明らかです。

つまりそのときそのときの、そのひとそのひとの『本音』を引っぱり出すために、もっともふさわしい『表現様式』があるということです。『印象派的な表現様式を必要とする本音』もあれば、『アブストラクト(抽象)な様式を必要とする本音』もあり、『インスタレーションでないと表現できない人生の本音』をもっているひともいれば、『具象でないとだめな本音』をもっているひともいる。

だから『表現様式』は、『内容』を適格に表現するためのものであり、『内容』をうまく表現できるような『様式』をどっかからもってくるか、それがなければ作り出せばいい。アーティストはそれをふだんから何気なくやっています。『表現様式』というのはこのようにして生まれ、またいまも日々更新されています。

そういうことです。『内容』があって、『様式』がそれを支えて、はじめてひとつの『アート』が完成します。『表現様式』そのものがアートだなんて、そんなことはあり得ません。レンブラントが町の名士の肖像を描こうが、ピカソがニンゲンの顔をバラバラにして描こうが、印象派だろうが野獣派だろうが・・古今東西、アーティストが心をくだいてきたのはただひとつのこと・・・『本音に、、迫ったる!』

(2003.04.22.)

※ ファイル中の画像は: レンブラント作『サスキアを膝にのせるレンブラント (1635年/161x131cm/Gemaldegalerie, Dresden)部分』

※ レンブラントは、裕福な製粉業者の息子でした。

レンブラント作品(Web Gallery of Art)
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/r/rem..

レンブラントかんれんファイル

■ 映画『レンブラントへの贈り物(Rembrandt)』
■ レンブラントがスカンピンになった社会事情(本)
■ レンブラントとレンブラント派展

BBSより

えかきのき

この映画、レンブラントが生きていた時代のかんじがよくでていて、なかなかたのしかったです。とくに服飾が、すっごくよかった。まるで星の王子さまみたいなファッション。それもへんに生地がくたびれたりしてなくて、ピカピカで・・きれい〜!あんなかっこうで、江戸時代のニッポンにも来ていたのですね。びっくらすただろうなー

それと、セリフがおもしろかった。ファイルに書いたもののほかにも・・・

レンブラントが描いた肖像の、「目が似ていない」とある文学者がいちゃもんをつけたとき・・「文士には絵が見えないヤツが多い。目に見えているのが絵なんだけど・・(←頭で考えるんじゃなくて目で見ろ)」とか・・

息子のティテゥスにむかって、「頭で考えるとね、絵がおかしくなってくる・・すべての答えはここにあるのさ。」と言ってパレットの上の絵の具をかきまぜるレンブラントとか・・(最愛の息子ティテゥスは27才のとき疫病で死んだ。)

「正義?!正義だからそうするんじゃなくて、法に従ってやっているのですよ。」

画家ものの映画としては、かなりデキがいいほうですね。アングロ・サクソン(英米)がからんでないし♪(→ 仏独蘭合作)

TOMさん

肖像画家だなぁ。 レンブラントは京都でも拝見しましたが、作品にムラのある人ですよね。やはり胸上の肖像画は秀でてるんだけれど。全体像なんかはいまいち。

『サスキアを膝に乗せるレンブラント』って・・・品のないいいかげんな絵(個人的見解)デッサンも遠近も人体構造もめっちゃくちゃだし(個人的見解)サスキアなんかフクロウみたいに首360度回転しそう(笑)
でも、「愛」という意味では良いかも・・・・「げへ、げへ、わしゃこの女が好きじゃけん、ええ女じゃろがぁ、かんぱ〜い!」と喜んでいますね(爆っ!)

ミンチカさん

話し変わるけど、下のカキコのこの一文が気に入った♪

「〜すべての答えはここにあるのさ。」と言って『パレット』の上の絵の具をかきまぜるレンブラント・・

絵描きさんの油絵の具のパレットってゴテゴテネチャネチャでオエ〜って感じなんだけど、筆で青、緑、少々の茶色を混ぜとってキャンバスに乗せると、海の青が広がるから感動!

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