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アルテミジアとタッシのレイプ裁判

Artemisia Gentileschi 1593-1652 (?) Roma-Napoli


美術史上でも有名な醜聞のひとつが、アルテミジア・ジェンティレスキとアゴスティーノ・タッシのレイプ事件です。

それでもなおかつすばらしい画業を残したアルテミジアという女性は、映画にも本にもされやすい。

現代でさえたいへんなことなのに、中世ですからね。中世ですよ〜〜〜。

どんな事件だったかというと・・・

アルテミジアは、オラツィオ・ジェンティレスキの娘としてローマで生まれました。

アルテミジアが19才の時、父親は遠近画法を学ばせるために、風景画家アゴスティーノ・タッシ(クロード・ロランの先生 Agostino Tassi 1580-1644)をアルテミジアの先生にしました。

あとはだいたい想像がつきますね。ここからすべてがはじまります。

すごいのは、アルテミジアが法廷で証言をしたということです。

勇気ありますね。そのことで女性が受ける世の中の偏見は、現代とは比較になりません。

アルテミジアは、拷問道具で指を締め付けられながら証言しました。

なぜ?女性に本当のことを言わせるためです。

タッシは結婚をエサに男と女の関係をアルテミジアに迫った。子供はできた。でも結婚しなかった。

タッシは無罪放免になりました。

このときの法廷証言は今でも残っています。

(タッシはその後、アルテミジアの妹にも手を出して数ヶ月間服役しています。)


ジェンティレスキ家の親しい友人であったフィレンツェの画家(Pietro Antonio di Vincenzo Stiattesi)が、結婚というかたちでアルテミジアを社会的に救います。(数年で離婚。)

表面的には一件落着し、アルテミジアはフィレンツェへ。


週刊誌的にいまも話題になるのは、「ふたりのあいだに愛はあったか?」です。

レイプされて証言台に立ち、シングル・マザーをやって、キャリア・ウーマンで、だからフェミニストのシンボル、などが、アメリカ風今風アルテミジア像です。


トラウマのために、生涯絵の背景(=タッシの専門)は描かなかった(弟子に描かせた)などともいわれています。

傷ついて立ち直れなかったのであれば、芸術家としての人生は送れなかったでしょう。

でもアルテミジアは、芸術家としてすばらしい仕事をしました。

とすると「トラウマを乗り越えた?

ぎゃくに、画業があったから、情熱を傾けられるものがあったから、トラウマから逃れられたのではないか。

たぶん、両方なのでしょうね。両方がいつもアルテミジアの心の中で葛藤していたのではないでしょうか。

トラウマは苦しいけれど、生きたい、よりすばらしい絵を描きたい。

そうやってみんな、トラウマとまでいかなくても、苦しいことと楽しいことのはざまで、なんとか生きているのですね。

アルテミジア・ジェンティレスキ作とされる34作品のなかに、ユディトを描いた一連の作品があります。

Artemisia Gentileschi

『ホロフェルネスの首をもつユディトと召使いアブラ (Giuditta e la fantesca Abra con la testa di Oloferne)』/1617-18/Galleria Palatina (Palazzo Pitti), Firenze:
ユディトはアルテミジアの自画像。だいたいこのような面立ちでこのように豊満な肉体の持ち主だったみたい。

ユディトは、寝返ったふりをして敵将の首をはねた女性です。

あるいはこれとか。

"Jael kills Sisera, 1620" Museum of Fine Arts, Budapest

やはり、アルテミジアの心のなかにはこういうおもいがいつもあったのかな・・・。


(2001.10.07 点検)(2002.09.03. 見直し)(2003.01.09. 書き改め)(2016.04.09 見回り)


さんこうまでに

* 本になった『アルテミジアの情熱』 "La passione di Artemisia" Susan Vreeland, Neri Pozza Editore, 2003

* 映画になった「アルテミジア」(1998年 フランス映画 アニェ・メルレ監督 ヴァレンティーナ チェルヴィ主演)

かんれんファイル

アルテミジア・ジェンティレスキ
クロード・ロラン

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