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アルテミジア・ジェンティレスキはカラヴァッジョの後継者?

父オラツィオ・ジェンティレスキ(Orazio Gentileschi 1563-1639)
娘アルテミジア・ジェンティレスキ (Artemisia Gentileschi 1593-1652? Roma-Napoli)


オラツィオ・ジェンティレスキは、カラヴァッジョに影響を受けた画家のひとりとされています。

その作品はとても魅力的ですが、カラヴァッジョ作品に見られるような「ひとを挑発するドラマ性」みたいのはない。

劇場で上流階級が芝居を観ているような「品」をオラツィオ作品はつねにうしなうことがない。

ところが!オラッツィオには娘がいて、その娘にちゃんと絵画作法を伝授していたのです。

どころか、娘のほうがカアラヴァッジョの後継者なんじゃない、とかさえおもってしまうのです。

その娘とは、アルテミジア・ジェンティレスキ。ローマ生まれです。

このユディトにかんして言えば、カラヴァッジョのより迫力あるぞ。

Artemisia Gentileschi

Judith Beheading Holofernes, 1614-20, Museo di Capodimonte

カラヴァッジョ同様、いまに残るアルテミジア作品は多くありません。


アルテミジアの人生には、ひとつ、大きな影がありました。

アルテミジアが19才の時、父親は、風景画家でクロード・ロランの師匠でもあったアゴスティーノ・タッシを遠近画法の先生につけました。

このタッシとアルテミジアのあいだに、いわゆるレイプ事件があったのです。

アルテミジアは、この週刊誌的事件のせいもあって映画や本になりやすい。

ただ、そういう逆境がありながら、アルテミジアはすぐれた才能を開花しました。

フィレンツェではミケランジェロの子孫やメディチ家のコジモ1世の庇護を受け、そののちジェノヴァ、ローマ、ナポリでも活躍しています。

1638年には、レイプ事件のわだかまりを解くことができなかった父親オラッツィオとも和解して、ロンドンで一緒に仕事をしています。

1639年、オラッツィオ・ジェンティレスキが逝去すると、1642年、アルテミジアはロンドンからナポリに戻りました。

どうですか?カラヴァッジョの線は?

(2001.10.07 点検)(2002.09.03. 見直し)(2003.01.09. 書き改め)(2016.04.09 見回り)


かんれんファイル

アルテミジアとタッシのレイプ裁判
ジェンティレスキ父娘展評
カラヴァッジョ
中世の女性アーティストができたこと
中世の女性にもチャンスはあった

かんれんサイト

アルテミジア・ジェンティレスキ作品
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/g/ge..

オラツィオ・ジェンティレスキ作品
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/g/gent..

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